イラン

バンダレアッパーズからバムへ、古城アルケ・バムがどうしても見たい(2023.12.29~30)

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2023.12.29(金)1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)

1月2日のドバイ行きの船が出るまで、ここバンダレ・アッパーズで時間を潰すのは何もなくて気が狂いそうなので、ここから北東にある古都バムへ行くことにする。

地震で壊滅したバム遺跡を見てみたい

226年のイランの王朝、ササン朝ペルシアの時代に最初の都市が建設されたと言われているアルゲ・バムは、1722年にアフガニスタンの軍による進行により廃墟。その後もシーラーズの攻撃によって再び町の放棄を余儀なくされたらしい。
アルゲ・バムは日干しレンガに似た、砂や粘土、わらなどの天然建材で建設された最大の遺跡だったのだが、2003年12月26日、マグニチュード6.3の直下型地震によって大きな損傷を受け、4万人もの人が亡くなった。2004年の世界遺産登録と同時に「危機にさらされている世界遺産」にも登録され、現在も修復が続いている。(危機遺産はその後解除)

GoogleMapで見ると5時間半位なので、シーラーズより近いと思うのだが。。。
行き方の情報がネットにほとんどない。バムがあるケルマーン州は現在外務省の海外安全情報で不要不急の渡航中止勧告が出ているせいなのか、それとも2007年に日本人誘拐事件があったのでそのせいなのか。
しかし2019年のブログなどで行っている人がいるにはいるようなので、安全とふんで行くことにする。どうしても砂の古城と迷路のような廃墟の都市を見てみたい。

金曜日はバンダレのお店も両替屋も全滅

手持ちのイランリアルは残り650万(1950円)しかないので、起床してから両替しに街に出てみたが昨日までと様子が違う。町がまるで廃墟のよう。金曜日はイスラム教の国の休日なので全ての店が閉まっているのだ。テヘランからシーラーズ迄の観光地では金曜日でもほとんどのお店が開いていたのでこれは盲点だった。
GoogleMapで表示される全ての両替屋を周り、2軒ホテルのカウンターまで行ったが全滅だった。
困り果てその辺の貴金属屋のお兄さんに両替を頼んでみたら1$=450万という最悪レートだったので断る。まあただの個人が善意で両替してくれるという形なので仕方ない。

Kawserホテルの愛想の悪いフロントに支払いは無理やり1$=480IRRでドル払いでお願いし、朝食兼昼食を数日前に購入したのと同じ路上弁当屋で50万IRR(150円)でナスのスープを購入。ご飯は半分残して夜ご飯用に置いておく。
もしバムにも両替屋がなければ、ここに戻ってくる3日後までなんとか手持ちの650IRR(2000円)で過ごさないといけない。

バンダレ・アッパーズのバスターミナル

両替屋を全て回っていたせいでもう13時。GoogleMapでバスターミナルと記載のある場所にSnapp!タクシーで来た。
宿の人にバスターミナルからバムに行けるか聞いたら「行ける。」とは言うが、英語で質問する度にうっとおしそうに「翻訳機でペルシャ語を使え」とスマホを指差してくるので何時発なのか詳しく聞けなかった。ムカつく宿だが、チェックアウト時間は14時だし個室だしWi-Fiがあるしで、他に選択肢がなく仕方ない。

ここのチケット屋もペルシャ語オンリー。受付のお姉さんは感じが良く「バム行きは15時。」と言ってチケットを発行してくれた。130IRR(390円)。
バスはこれまでのように1時間おきにあるかと思っていたのだが午後はこの1本のみのようだ。もしかしたら1日にこの1本だけかも知れない。

バンダレアッパーズからバムへ移動

10分前に乗り込んだら誰も乗っていなくて凄く不安だったが、15時ちょうどにどこで待機していたのかパキスタン人男性らがワラワラ乗ってきた。なぜパキスタン人だと分かるかというと、前後にエプロンをかけているような服装をしているからだ。どうやらこのバスはバムが終点ではなくパキスタンまで行く国際バスらしい。全員男性で女性は全くいないのが更に不安を煽る。

運転手までパキスタン人だったのだが、これまでのバスと違い一向にスムーズに進まない。
頻繁に停車しては、写真の左のように皆がたばこを吸い出したり、奥の方に行ってスカートのような服装を持ち上げて座ってトイレをし出したりする。
あらあら、おしりが隠れて便利な服装ね~( *´艸`)はあと♪とか思・・・

う訳ないだろう💢いい加減にせえよ、パキスタン人!

とまあ。。。車窓は絶景で楽しめたが、5時間半で着くと思っていたのに何度GPSを見てもバムはかなり遠い。予約サイトに全くバムの宿が載っていないので今夜の宿は予約していない。夜中に着いたらどうしよう。。。

とうとう23時になってしまった。GPSを見たらバムまであと5分の距離なのに、なんとここで全員降ろされてこのレストランで30分休憩を取るという。はぁ?!バムを越えてから休憩せえよっ

23時半にバムの町に到着。ただの円形サークルがある場所に停まり、降りたのは私だけだった。
早速タクシーを呼ぼうとSnapp!アプリを起動させてもこんな田舎で誰もつかまらない。
目星を付けていたホテルまで徒歩20分。トボトボ歩き出すとすぐに親切なイラン人男性の車が横に停まってくれ、ホテルまで無料で送ってくれた。やはりイラン人は困っている人を見ると放っておけないのだろう。

Akbar Tourist Guest House(アクバル ホテル)

予約していないホテルに23時半に着いて入れてくれるか不安だった。
案の定入口は閉まっていたが、ブザーを押すとだいぶ時間が経ってから眠そうな老人がインターホンに出てくれた。オーナーのアクバルおじいちゃんだ。

もう寝ていたようでパジャマだった。
「とにかく部屋でもう休め。話は明日。」とスーツケース2階まで持って上がってくれた。
1泊10ドルで個室。

トイレは相変わらずシーラーズ以降は全てイラン式。おじいちゃんにお礼を言い、7時間半のバス移動の疲労のためすぐ眠りについた。


次の日。
朝起きるとアクバルおじいちゃんがニコニコ顔で固いせんべいのようなものと自家製リンゴジャムを出してくれた。紅茶はイラン式の飲み方だと角砂糖をかじって口に含んでから飲むらしい。虫歯になりそうなので、普通に紅茶に溶かしたが。

「昨夜は遅くに起こして本当にごめん。」と言うと「ホテルのオーナーの仕事として当たり前。」ととても感じがいい。英語講師をしていたそうで英語が堪能だ。「なんであんな遅くに着いたんだ?」と不思議そうだったので私が乗ってきたバスは特別遅かったようだ。

朝食後、シャワーを浴びた後も昼食をくれた。ラム肉だろうか。右下のフルーツは柿のような味がする。凄く美味しかった。手持ちのイランリアルが少ないので食事代が浮いて助かった。

このホテルはちょくちょく先人のブログで見掛け評判が良かったので来てみたのだが、日本人どころか外国人観光客すら見掛けない。私の他は、おじいちゃんの知り合いのイラン人が数人宿泊している感じだ。
しかし外の柱に日本語があるので、何十年も前はここに沢山日本人が来ていたのだろうか。

メインのアルゲ・バム遺跡に行く前にタクシーアプリでバスターミナルに来てみた。
このタクシーが初の若い女性ドライバーだったのだがかなり最悪だった。アプリで私の位置が分かるはずなのに、なぜか待っている場所に一向に来ない。何度もメッセージをやり取りしてやっと会えた。

助手席に2歳位の子供を乗せていて、乗った瞬間からずっと子供を指差しながら後ろを向いて一方的に喋ってくる。もちろん運転しながら。
雰囲気的に「子供の生活費が大変なの。」と言っている感じだ。何となく先が見えてきた。「ペルシャ語で話されても何言ってるか分からないよ。」と何度も伝えるが後ろを向いて喋るのをやめない。運転に集中していないので交差点でギアをバックに入れた時は、後ろの車と危うく衝突しそうになりヒヤっとした。
一方的な会話過ぎ、「分からないから。」と言うと今度は後ろを向きながら親指を中指をこすり出してくる。「金くれ。」の合図だ。

こちらが相手を気に入って最後にチップをあげるのはいいが、乗った瞬間からニヤニヤ笑いながらずっと金くれと言っているのが気に食わなかった。どのみち私の手持ちのIRRはほとんどないのでチップはあげれない。
目的地に着いたらSnapp!アプリに示されたのと全く同じ金額を渡したら案の定凄く文句を言ってきたが無視して降りた。
降りた後、歩いてバスターミナルの建物に入るまでに3回アプリに登録していた電話番号に電話がかかってきた。もうしつこくてホラーだった。

バスターミナルには窓口が2個あるだけで客も全くいなかった。バンデラ行きのバスはここから出ないのだろうか?「明日のバンデラ行きのバスチケットを予約したいです。」とGoogle翻訳で見せると「明日16時にここに来たら教えてあげる。」と言われた。
バスはここが始発ではなく、何時にここを通るか当日の夕方にならないと分からないようだ。チケットの予約は出来なかった。

アルゲ・バム

バムに来た目的、アルゲ・バム遺跡に行くことにする。バスターミナルから遠かったがSnapp!アプリで呼ぶとさっきの女の人が来たら嫌だったので30分歩くことにした。
歩きだしたらまたすぐ親切なイラン人男性の車が停まって無料でバム遺跡まで乗せていってくれた。

男性は「あなたはゲストです。是非僕もバムの中にも一緒に入ります。案内させて下さい。」
とこれまた親切に申し出てくれたが、Google翻訳でしか会話出来ないのが面倒で丁重にお断りして一人で入場した。200IRR(600円)。

観光客は全くおらず、入った瞬間から廃墟をひとりで歩いているという高揚感でわくわくが止まらなかった。これはまるでドラクエに出て来るダンジョンではないか。

砂浜で作ったような城の特大版みたいなものが見えてきた。あれが砂漠の古城バム!
中に鉄骨が入っていないとこれは地震で潰れるだろうなぁという造り。

集会所。この辺りは修復がだいぶ進んでいるようだったが、奥の廃墟とのコントラストが凄い。

城に登って見下ろしてみる。
元々が遺棄された廃墟だったらしいので、どこまでが元の姿でどこまでが地震で潰れたのかよく分からない。バムの町を遺棄した人々は故郷に戻ろうとは思わなかったのだろうか。

登れるところまで来ると正に修復現場。工事現場のイラン人男性3名がいた。
1人は工事監督なのか、座って何もしておらず2人だけが作業している。この広大な敷地に2人工。このペースだと元の姿に戻るのはあと百年ぐらいかかるかもしれない。

現場作業のおっちゃんらに日本人だと言うと「足場を支援してくれた。ありがとう。日本の足場はしっかりしている、イランのは木製。」と感謝された。世界を旅していると日本という国があらゆる国で支援を行っているのを知ることになり日本人として誇らしい。

現場監督のおっちゃんに、工事中のこのてっぺんまで登らないかと提案されたが、また「マネー」と言われたので引き返した。頼めばタダで登らせてくれそうな雰囲気だったがもうマネー攻撃にうんざりしていたので。

下に降りて地震で崩壊した現場を歩いてみる。
今にも私の方に崩れそう。侵入禁止の柵がちゃんとされていないので後から気付いたがここは入ってはいけないエリアだったよう。

1時間以上滞在した。夕日に輝く廃墟バムを見て、やはりここに来て良かったと思えた。
ほぼ貸し切りなのも哀愁が漂っていていい。

歩いてアクバル・ゲストハウスへ戻る。
途中の道はずっと車の整備工場が続きオイル臭く、カフェなどない。
バムは特段楽しめる町ではなさそうだ。明日にはバンデラ・アッパーズへ戻ろう。

20分ほど歩いて宿に戻ってきた。イランの世界地図はイラン中心で日本は切れていて見えない。
アクバルおじいちゃんに「バスターミナルでバスチケット買えなかったんだけど。」と言うと「円形サークルの場所で通るバスを待たないといけない。バスの時刻は午後しか決まっていない。」と言われた。それは難易度高そう・・・

残りのイランリアルが乏し過ぎるので、夜ご飯は近くのスーパーのポテチとレーズンケーキにする。隣の部屋のイラン人のおっちゃんらが大量にみかんをくれたので助かった。これで明日の朝食もいけそう。

砂漠地帯のバムの夜は寒すぎたので、アクバルおじいちゃんに言うとストーブを出してくれた。
明日は悲惨な年末年始を迎えることになるとは想像だにせず就寝した。

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