mikipu のすべての投稿

1人旅好き。2022年12月に世界一周出発。

ゾロアスター教の鳥葬の聖地の沈黙の塔、照明博物館、ダウラットアバド庭園(2023.12.21)

2023.12.21(木)1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)

昨日GoogleMapで騙された沈黙の塔。今日こそは本物の場所へ行く。
宿泊しているFriendly Hotelの周囲はこんな細い迷路のような道が入り組む旧市街。
道が細すぎてコーナー部分は車が擦った跡がいっぱい。Snapp!タクシーをここで呼んでも嫌がって来ないこともあるそうなので大通りに出てから呼ぶことにした。

この細い塔は「バード・ギル」といい、温められた空気が上部の細い隙間から逃げていくため冷たい空気が下から上へ抜けて行く冷却構造になっている。砂漠地帯をしのぐための昔の知恵だそう。

ゾロアスター教の聖地、沈黙の塔

本物の沈黙の塔はやはり街の中心から歩いて行ける距離ではなかった。砂漠の中だし。Snapp!で150円位で到着。

昼休憩を3時間半も取る施設。イランでは多い。
出る時に12時を少し過ぎていて入れない可哀想な老人グループを見た。
入場料金は100万IRR(300円)

塀を抜けると想像だにしていなかった景色。市内から急に砂漠地帯の景色に代わる。
Snapp!の運転手に「右の塔と左の塔があるけど登るなら右が楽ちんでいいよ。」と言われた。
右が女性の鳥葬場所、左が男性。この辺の国の人は葬儀の場所ですら男女を明確に分けるのか。

所々にある解説を読むと、火をおこせる神を崇拝するゾロアスター教では、火だけでなく水、土も神聖なものとしており、これらを汚すことになる火葬や土葬を嫌い、遺体を鳥が食べることで自然に還すという方法を選んでいたそう。
死体をあの塔の上に置いてワシやタカに食べさせていたのだ。他にも乾燥した土の性質のため、土葬しても微生物が働かず土に還りにくかったのもあるらしい。
手前の建物は遠くから遺体を運んで来た家族らが宿泊するためのドーム。

そんな解説看板をじっくり読みながら進みたいのに・・・
人懐っこいイラン人観光客らがそれを許してくれない。「Mikipuー!!早く来なさいよ!」と絡まれまくって一緒に観光することに。私の年齢を聞いて何度も驚愕。アジア人は皆若く見えるからね。
そしてなぜそんな化粧濃いのか。最初妖怪人間べ
そしてこうして比べると本当に日本人って(いや私は)平たい顔族なんだね。

右の女性の塔から登る。確かにこっちは階段があって楽ちん。

なのであっと言う間に頂上に到着。
ここに1930年代まで遺体が安置され、残った骨はあの穴の中に放り込まれたそう。
覗いてみると・・・

何もない。まあ骨があったらびっくりする。

イラン人観光客の彼女らはバスの時間があるのでお別れ。
どうせ同じものだと分かっていても、好奇心がうずいて左の男性の塔にも登ってみる。

普通に道っぽいところを登ったのに、途中行きついたのはこんな所。
せっかく登ってきたのに戻るのも面倒なので、両手両足を駆使してここを渡り切る。
そういえば生配信しながら凍った富士山に登って滑落死した人がいたなぁ・・・なんて考えながら。
ここも落ちたら即死だと思われるので真似しないように・・・というか観光客が普通にこんな崖まで登れる造りがおかしいよね。いや、聖地に登る観光客がおかしいのかな。

こっちの方が放置されっぱなし感があるけど、やはり似たような感じ。
疫病蔓延を懸念して中止されたのが1930年代ってそこまで昔ではない。
当時を想像しながら街を一望。

ヤズドの街並みが見える。ビルとかないしトルコやアルメニアのように綺麗でもない。
遺体をこんな上まで運ぶのはとても大変なので「埋めるの面倒だから鳥に食べさせよう」なんて安易な考えではなく、とても神聖なる儀式だったよう。

Museum of Light and Illumination(照明博物館)

ヤズドはゾロアスター教の聖地なのでその博物館が有名だけど、ネットの口コミが「たったこれだけ」ばかりだったのでパスすることに。
仕事柄、日本でよく照明器具のショールームへ行っていたことを思い出し、Snapp!タクシーで照明博物館とやらに来てみた。

私設博物館のよう。
チケットカウンターのお姉さんに「500万リアル(2500円)」と言われ「わぉ!高!」と言って帰ろうとしたら「高い?待って。半額でいいわ。」って。
細かいお金は持ってないと言うと更に「200万リアルでいいわ。」言われる。
・・・ちょー待て。最初の金額、ボリボリ??
どうやら料金が明記されていないタイプの私設博物館って、チケットカウンターの人の気分で料金を決めているみたい。他の私設博物館もGoogleMapの口コミがどこも入場料マチマチだったのも納得。
これも余分にぶんどれたらぶんどってポケットマネーにしようという魂胆なのか。

壊されたら困る展示がいっぱいなのか、入口でスマホ以外をロッカーに預けさせられる。
そして英語ガイドの人がぴったりくっついて案内。ガイドの男性は上品ですこぶる感じが良く好印象。

チェコやフランス産の素敵な照明がいっぱい!
ゾロアスター教の聖地まで来て普通の観光客はここには寄らないだろうが、私は土器や鉄器、骨ばかりの考古学博物館よりもガラスや照明のこんな博物館の方が好きだ。

高そうなものばかり。これらを維持するために最初あんな高いぼったくり金額の提示を・・・

これは部屋の内部に設置する内窓。イラン人は相変わらず手先が器用だ。

観光客は他に2組だけだったが、美しいものをいっぱい見れて大満足の博物館だった。
ガイドの方にも「ジャポンから来た」と言うと大変歓迎された。私はGoogleMapを見て来たが、ガイドブックに載っていないここに来る日本人もそういないだろうから。

Dowlat Abad Garden(ダウラット・アバド庭園)

最後は同じ宿の人らが行くと言っていたダウラット・アバド庭園へ。
それほど興味はなかったが、皆が行くなら凄い観光地なのかと思い行ってみることに。

昨日のエセ沈黙の塔の近くだったからその時に寄れば良かった。入場料は100IRR(300円)。
風が抜ける構造の塔とのことですが・・・

内部はこれのみ。これだけ?!
イランで入場料払って損した観光地No.2だった。No.1は明日行くことになる。
塔から出ると「ニーハオ!」と若いサングラスの男性に声を掛けられ「あなたの国のコインが欲しいんだけど持ってる?」と聞かれた。面倒なので逃げ体制になりながら
「今ない、ホテル。」と言うと「どこ?今から行くフレンドリーホステル?」とズバリ当てられ焦りまくった。ホテルに来られても困るので「忙しいからごめん。」と逃げる。

目の前は噴水のある庭園。
1ヶ月前なら快適にここでゆっくり出来ただろうけど、今は寒さが身に染みて誰もいない。
出る時に、入口で同じ宿のチェコ人のぽっちゃり女性のテレザとシンガポール人のオカマっぽい可愛い男性のニャチャンに偶然遭遇。2人はイスファハーンの宿から意気投合してずっと一緒に観光している。
午前中にここに行くって言っていたのに今までどこを観光していたんだろう?外国人たちは朝食後いつまでもダラダラ会話しているので時間がもったいなくて私は2人を置いてきたのだ。
ここでニャチャンに晩御飯に誘われるもやはり断る。なんか体力的に疲れていてずっと英語で話す気になれない。イスファハーンでもっとゆっくりすれば良かったかも。

イマムザデ・ジャフェア

2人に別れを告げ、先にホステルに戻って仮眠。毎日こんなにも疲弊するのは乾燥した空気のせいなのか年齢のせいなのか。今日は最後のヤズドの夜なので、目が覚めてから近所のモスクへ行ってみる。

ここも観光地じゃないモスクだが、他と同じようにミラー張り。
中には地元の女性3名のみ。座り込んでパンと紅茶で楽しく雑談中。聖なる場所でいいのかな。

ヤズドはこれまでのテヘランやイスファハーンと違い田舎のせいなのか、歩いているとイラン人たちにずっと「ニーハオ!ニーハオ!」と声を掛けられる。「中国人じゃないよ。」と否定するのも面倒になる位の頻度なので最後の方は「はいはい、ニーハオ、ニーハオ。」と返しておく。「チン・チョン・チャン!」と言ってくる奴はバカにしてきているので無視。この日は「ヤルダ!ヤルダナイト!」と声を掛けられなんのことかと思えば『1年で1番夜が長い日』という意味らしい。
そんな夜の夜ご飯も1日目と同じレストランへ。美味しかったので。

ケバブを頼むと胸肉が出て来てパサパサなので「ウイング」と書いてある鶏肉を頼んでみる。
手羽の部分。こっちの方がジューシーなのに安い。
この時ニャチャンからまたWhatsAppで「夜ご飯どう?」とメッセージが来ていたようだが、ネットをVPNに繋げていなかったため気付いたのが夜中で入れ違いになってしまった。
彼はもうイランビザが切れそうなので夜行バスでテヘラン戻り、飛行機でシンガポールに帰るそう。
オカマっぽくて可愛かったニャチャン、さようなら。そしてこんなすれ違いがあるからネット規制は最悪だ。

旅先で知り合った色んな人との交流を楽しむタイプの人は多いと思うが、人見知り系の私は他人と話すと疲れ「孤独な自分と遺跡」「ひとりじっくり美術館」という状態を楽しむタイプなのであまり交流はしたくない。入ってくる情報が圧倒的に少ないので、社交的な人より損しているし羨ましくもあるが、疲れてしまうので仕方ない。酒が入ると社交的になれるが残念ながらイランではお酒は違法。

しかしイラン人も本当はお酒を飲みたくて、自宅では自家製のお酒をこっそり家族で飲んでいるらしい。だが粗悪なものを作ってしまい何十人も失明したりしているそう。

「本当はヒジャブがうっとおしくて外したい、酒飲みたい、政府がアメリカ嫌いなだけで英語を学んでアメリカに稼ぎに行きたい、毎日VPNに繋げてインスタばかり・・・」というイラン人の本音を聞いているとやはりイスラム革命って失敗だったのでは・・・と思ってします。
宗教の概念がほぼない日本人の私には、分からない部分も大いにあると思うが。

明日は同じ宿の中国人ルイの提案で、テレザも入れて3人でタクシーでシーラーズへ移動することにする。

イスファハーンからヤズドへ移動、沈黙の塔の罠に引っ掛かる(2023.12.19~20)

2023.12.19(火)1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)

14時半、ホテルに戻って荷物をピックアップし、バスターミナルへSnapp!で向かいます。
ドミ部屋は最終私とチェコ人女性のテラザだけになりましたが、今朝出発した彼女はヤズドでも私と同じホテルに泊まるそうなので再会出来ます。

イスファハーン→ヤズドへバス移動

たった4時間で到着するので深夜バスは辛いので、予約なしで15時飛びこみでバスターミナルへ。
深夜バスを予約した方は満席だったそうですが、この時間は乗車率50%位で快適でした。
イランのバスは席を指定したとしても、決まりなのか乗った後に女性と男性が隣どおしにならないように必ず座席を移動させられます。そんなにイラン人は痴漢が多いんですか。
女性の乗車率が低いので私はいつも1列の席に移動させられ隣に誰も来なくて快適なんです。

Kaveh Bus Terminal(イスファハーンのバスターミナル)

14時50分に北バスターミナルに到着。「ヤズドーヤズドー」と言いまくって窓口をたらい回し案内してもらい、15時発のバスチケットをこの窓口で無事買えました。130IRR(390円)。
貰ったチケットが相変わらずペルシャ語オンリーなので、窓口の男性に「何時に出発?」と聞くと「ファイブミニッツアワーズアゴー!」と言われ大混乱(;^ω^)何度も聞き直し。
5分前?5時間前?つーか、それもう出発してるやん!!

多分「5分後」と言いたかったのだと思う。片言でも英語話せるだけイランではマシなお方で有難いです。本当に現役学生かホテルのフロント以外はペルシャ語しか通じない。
15時のこのバスに乗り込みます。

このメーカーのチョコケーキやレーズンケーキが美味しくて、昼ご飯はいつもこれ系のお菓子とコーラ。

VIPとか指定していなくてもいつも3列のVIPバス。
イスファハーンは北と東に大きなバス停があってどっちから出発するか不安だったけど、なんてことはない。北バスターミナルで乗っても東バスターミナルに停車して乗客を乗せるのでどっちから乗ってもOK。北の方が始発なので乗りやすいでしょう。
前とのスペースはゆったりで足が持ち上がって快適。

たった4時間でヤズドに到着。今回もトイレ休憩なし。

まだ19時ですがもう真っ暗。
駅前にタクシー運転手のおじいちゃんがいたので、この方のタクシーに乗ってあげようとSnapp!で出て来た料金を見せて「これで行ってくれ。」とお願いするもそれより高い金額を言われる。だったらこのままSnapp!呼ぶわ、なんでやねん!と日本語で突っ込んでSnapp!を呼びました。ちょっと商売が下手じゃないですか。普通タクシーアプリに手数料を取られない分、その料金で行ってもおじいちゃんは得するはずなんですが。外国人旅行者は私しかいないので他の外人を狙ってる訳でもないし。

やって来たSnapp!タクシーのお兄ちゃんは20歳位でかなり若く、ずっとスマホにひっきりなしに届くインスタを見まくり、返信しまくりながら運転するのでいつ事故るか冷や冷や。おじいちゃんの方が良かったかな、しかしおじいちゃんタクシーは「スマホ使えない&英語通じない」なので目的地に辿り着くかも怪しいし。
ヤズドはこんな迷路みたいな細いくねくね道を通るのでGoogleMapが使えない運転手だとホテルに辿り着かないかも。

イランでは地下鉄で隣の人を覗き込んでも、若い人は90%以上の割合で画面がインスタでした。
イランでは政府にネット規制されていてVNPに繋がないとインスタは見れないので、皆VNPに繋ぎながらネットをしてるってことですよね。
それ、もうネット規制の意味あるのか?!って感じなので辞めればいいのに。

Yazd Friendly Hotel(ホステル)

テヘランやイスファハーンの宿で宿泊者らがお勧めしてくれたので、このゲストハウスへ。
オーナーは夜は不在で、代わりの足の悪いおっちゃんがいるけど英語が全く通じないのでオーナーと電話で話す。「朝食込で個室1晩10ドルでいいか?」と言われ即答でOKしたけど、後から先人のブログで「値切って1泊6$だった」とか見てショック。

個室・朝食付き10ドルって安いと思ったんだけど。宿代って値切れるのね。
お腹が空いたので散歩がてらレストラン探し。

迷路のような道を抜けて少し大きな通りへ。あれはジェームス・モスク

Baam Cafe Restaurant(レストラン)

この通りはTakeAwayのケバブ屋ばかり。ちゃんとしたレストランでペルシャ料理を食べたくてこの2階へ。

初めてチキンケバブを頼みました。イランのチキンってムネ肉なんですね・・・
もも肉の方が油が乗ってて美味しいのに、この辺は味覚の違いなんでしょうか。
今回はちゃんとただの白いご飯で美味しい~パンは要らん。ダジャレではない。
レモンスカッシュも入れて240IRR(700円)と観光地価格ですが美味しかったので満足。


2023.12.20(水)

おはようございます。Friendly Hotelの朝食。うっ( ;∀;)
Heritage Hostelと違いフルーツがない・・・既に取り分けられてておかわりも出来ないのでオーナーに「明日からは朝食要らない。」と言ったら9ドルに下がりました。

なんとここに日本人が3人もいました。イスファハーンのホテルには1人もいなかったのに。

テヘランでもイスファハーンでもそうでしたが、中庭があっていいホテル。お座敷も広くていっぱいあり、イランで宿泊したホテルではここの中庭が1番くつろげました。しかし今の時期だと寒い。それとここはWi-Fiが遅いのと、部屋で全くWi-Fiが繋がらないのが難点。
部屋でWi-Fi繋がらない→中庭だと繋がるけど寒い。というわけでここではブログ更新出来ず。

ヤズドの街を散歩します。

ジェームス・モスク

ホステルからすぐ近くのモスク。

内装はたいしたことないのに(コラ)、宗派によるのかここでもタージリッシュのモスクでそうだったように頭に被るヒジャブと別に足元まであるチャドルを着ないと中に入れてもらえませんでした。
大幅に時間くう・面倒・動きにくい・ずれてきてうっとおしいです。男性は軽装でOKなのがやはり納得いかない。

Amir Chakhmaq Complex

有名そうな広い広場に来ましたが・・・あの建物は横から見たらペラペラで中に施設があるわけではありません。

入るとこがないので仕方なく横にあったジュース屋でザクロジュースを頼む。テヘランで50万IRRだったのに80万IRR取られました。ボラれてるのか手絞りのせいなのか不明。

面白そうな建物を見ながら、その昔ゾロアスター教の鳥葬が行われていたという「沈黙の塔」へ向かいます。GoogleMapで検索すると歩いて行けそうです。

これは・・・少ない面積で2階を張り出して総床面積を稼ぐセコイ建築手法。固定資産税も安く済んでいいですね。
薄い。横から見たら薄すぎる。

エセ沈黙の塔

GoogleMapで「沈黙の塔」と日本語で入力して出て来た場所に30分歩いて辿り着きました。

ここ。
・・・・誰ですか、GoogleMapにここを「沈黙の塔」と登録したのは!!(≧◇≦)
確かに沈黙している廃墟の塔だけれども。
(宿に居た日本人男性も同じことをして本日ここに辿り着いたそうです。)

鳥葬を行うゾロアスター教の聖地にしてはえらい街中にあるな~とは思っていたんですよね。歩きながら全然砂漠っぽいのが見えて来ないので、これは怪しいとは思ってはいたのですが。
正解の場所は英語で「Zoroastrians Towers of Silence」と入れて出て来る場所。
やられました。日本語入力は危険です。

GoogleMapで見て12時半に閉館するようなのでSnapp!でホステルに戻ってきました。
30分以上も歩いたのが無駄足になりました。
夜のクロックタワーです。

昼間きたモスクのライトアップ。

ヤズドの細い路地にはお土産屋もあり。イスファハーンよりはかなり規模が小さいです。
お土産はイスファハーンが買うのが正解。

Cafe kolomboo

宿の周囲は旧市街地なのですが、その中でもお洒落そうなカフェレストランへ。
自炊すると安いのですが、ホステルのキッチンが1人位しか立てなくていつも占領されているので全て外食です。

屋上に上がるとビニールシートに囲まれて暖かなこたつが!こたつ!日本!嬉しい( ;∀;)

こたつの中を開けると中は電気ストーブが置いてあるだけ。火傷したらどうしてくれるんですか。

夜景を見ながら夜ご飯。給仕の男性が頻繁に話し掛けに中に入って来て、その度にビニールの隙間が空いて寒いので、有難い反面、ちょっとだけ迷惑・・・(;^ω^)

ナスとジャガイモを潰したものが入っているようなカレーのようなやつを頂きました。
イランではこれ系のスープカレーが1番美味しいかも。
今回もレモネードをつけて275万IRR(800円)と観光地価格でしたが、ロケーションがいいせいか観光客が次から次へと来てあっという間に満席に。

最後に会計を頼むと給仕の男性が「私は従業員です。よくやったと思ったら何か下さい。」とGoogle翻訳で訳した日本語を見せられました。
頻繁に来てくれたのには、まあそんな種明かしが。こっちが一瞬びっくりして怯むと「あっごめん、ごめん。会計は下だから降りてね。」とすぐ引き下がりました。

まあ、しかし一生懸命サービスしてくれて好感度が高かったので、チップあげれば良かったですね。
イランはチップ文化がなくて初めてだったのでびっくりしただけなんです。

さて。明日こそは本物の「沈黙の塔」へ行きます。

モラッバシーヒストリカルハウスが息をのむ美しさ、イスファハーンでの路上両替(2023.12.19)

2023.12.19(火)1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)

リアルタイムはイラン南部の島。Wi-Fi事情が悪過ぎなので更新が滞っております。

Heritage Hostelの朝。女性ドミは沢山いた中国人が全員出て行ってしまいチェコ人と2人きり。
テヘランの時と違いイスファハーンは宿も人が少ない。テラスは寒すぎて誰も外で朝食を摂っていません。イランも冬真っ只中。

ジョージアで知り合った方に、美し過ぎる古民家、モラッバシーヒストリカルハウスを教えて貰ったので行ってみることにします。ここがイランでの1番楽しみにしていたところです。

名もなき古民家

モラッバシーヒストリカルハウスがGoogleMapで『9時オープン』となっていたので来てみたのですが、ペルシャ語の張り紙で「予約以外の人は11時~」とドアにあり閉まっていました。
仕方ないのでGoogleMapに近くの古民家博物館みたいなところがあったので寄ってみます。

改装中なのかやっていないのか・・・イランはGoogleMapの口コミが古すぎて閉店・閉館はザラです。
よく分かりませんが、屋根の上にしか人がいないので退散。

ハシュト ベヘシュト宮殿

アバッシーホテルの裏の公園にある宮殿に歩いて来てみました。
外から見て暗いがらんどうの内装なのに外国人入場チケットが500万リアル(1500円)。
誰が入るんですか、この規模の建物にそんな金額で。客は皆無だし料金設定を間違えていて閑古鳥が鳴いている建築物でした。

チェヘル・ソトゥーン宮殿

更に北に行ってチェヘル・ソトゥーン宮殿というところに入ってみます。ここは100万IRR(290円)。
GoogleMapの口コミで『2700円だったから気を付けろ』と書いている人がいたのですが、桁を1つ間違えています。イランのお金がゼロが多過ぎて間違うのも無理はないのですが、この方の口コミを見て来るのをやめた人がいたとしたら大変残念。結構上位にあるので。

西側から来たらぐるっと大回りした東の入口からしか入れず、かなり遠回りに。

突き出た木の軒が綺麗。なんでこんな造りなんでしょう。真ん中部分はいつも通り修復中。

変なライオン。顔は1つで体が2つ。

ミラー天井。

内部は大きな壁画がいっぱい。物語調の絵が描かれていて楽しく眺めていました。
綺麗なので修復済だと思われる。

外の公園に樹齢400年の樹の幹が展示。
行ってみるとスーツを着たインド人男性が幹の中に恥ずかしげもなく入っていて、写真を撮ってくれとお願いされました。ポーズを変え何枚も撮らされてしまいましたが、恥ずかしくないのでしょうか。国民性にないんでしょうね。

イスファハーンでの路上両替屋

テヘランで両替した100$、まだあまり減ってはいませんが田舎に行けば行くほどレートが悪くなるようなのでここでもう100€両替しておきます。少し多目に欲しいので今回は€で。レートは$でも€でも有利さは変わらない感じ。

場所はこのチェヘル・ソトゥーン宮殿の北東の路上です。まるで市場のように男性たちが大声で何か叫んでいるので直ぐに分かります。

札束を持っていない人に声を掛けられ両替を了承したら現金を持ってくるまでかなり待たされたので、札束持ちの人と両替した方がいい。

Mollabashi Historical House

13時過ぎに再びモラッバシーハウスに行くと、今度はドアが開いてました。

入口からしてもう綺麗。

中に入ると英語が話せるお姉さん3人が受付にいました。入場料は200万IRR(600円)。

料金を払って奥に入るとすぐカフェ。
右のカウンターにコーヒーメーカーが置いてあったので、注文すれば飲めるようです。

ここの時点で凄くデザインが凝っているので、期待に胸が膨らみます。

外に出ると更に中庭。壁画と噴水があります。

お客さんは私の他にはカップルと家族連れの3組だけのよう。
誰もいない建物の地下に先に行きます。博物館になっていますが、大したものは置いていない感じ。

メインの建物内はカップルが一眼レフカメラでずっと撮影をしていたので、先に受付裏の廊下を歩いてみまる。古民家なのに節電で人感センサーになっているのは現代的。

やっとカップルが部屋から出て来たので、このメインの建物に入ってみることにします。
外観は地味ですね。靴を脱いで中へ。

???えっ(; ・`д・´)

何が起こっているのでしょう。
想像を遥かに超えた光の美しさで、頭の中がバグっていて脳内処理出来ません。

中央の椅子。

想像を絶する、息をのむ美しさとはまさにこのこと。

奥の椅子。光が綺麗過ぎて落ち着かない。

大金持ちの家だったとのことですが・・・
この家の主はここに日々座って過ごしていたのでしょうか。羨ましい限りです。

反対側の壁もニッチ内が全部鏡で装飾されています。天井まで細かくて装飾だらけの内装なのに下品にならずどこまでも美しいのはなぜでしょう。
他の観光客が帰り、誰もいなかったお陰でここで1時間位ずっと座って光を眺めていました。
贅沢過ぎる楽し過ぎる時間。

だいぶ時間を費やし、ホステルに戻ります。帰り道の名もなきモスク。

誰もいない小さなモスクなんですが、そこにもこんな美しい装飾があるんですよね。
イランは歩いていて飽きません。

イスファハーンには探せば他にも古民家があり、もう1泊すれば良かったです。
この時はテヘランが雨で先を急ぎたかったのです。、ホステルに荷物をピックアップしてヤズドへ向かいます。

世界の半分、イスファハーンのイマーム広場周辺モスク(2023.12.18)

2023.12.18(月)
1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)

今日もテヘランから変わらぬHeritage Hostelの朝食。パンはこっちの方が柔らかいですが、オレンジがないのが少し不満。
そしてドミは2段ベッドの上の段にアサインされたのですが、エアコン30℃設定の真下で顔から全身からカピカピです。昨日目が覚めてから「下の段に移りたい。」とレセプションに言ったのですが、PCで厳重に管理されているようで12時のチェックアウト時間までに言わないと変更不可でした。

昨日と同じくイマーム広場へ。本日は閉館していて入れなかったモスクを征服します。

アリ・カプ宮殿

まずはこの建物へ。屋上は木造でバルコニーになっています。入場100万IRR(≒300円)。

螺旋階段を登って上へ。6階建てだそうですが。

壁画が綺麗です。振り返ると・・・

おお~いい景色です。世界の半分と言わせるだけのことはあります。

紀元前3000年から文明が栄えていたイラン。ペルシャ王国時代の栄華を感じさせます。しかし見る度に少しもの悲しくなるのは何故でしょうか。
この下の広場の真ん中で写真を撮っていると、物乞いの小さな子らが寄ってきて私の身体をどつきまくるからでしょうか。栄枯盛衰・・・・

建物内はこんな感じで音楽堂として使われていたらしく、音が響く設計。

ケイサリ門

イマーム広場の北に来ました。広場を囲んだ一帯は全てバザールですが、その入口の門。

昔、薬局にいたサトちゃん??なぜ金色になった。

1番左の箱だけ絵がおかしい。

相変わらず可愛いお土産がいっぱい。家に欲しい、持って帰れたらなぁ。

シャー・モスク

1番南のシャー・モスクに。料金はどこも100万IRRで統一されているよう。

ここが1番広くて見どころがありました。

4方全てがこんな門に囲まれています。

壁から天井から・・・

タイルアートが繊細で美し過ぎます。ウズベキスタンのより美しいのではないでしょうか。
そして人がほとんどいないのもウズベキスタンと大違いです。

この色が違う石の上で声を出すと音が響く設計。ティカル遺跡などにもあった、昔拡散機がなかった時代に偉い人の声を響かせる工夫なんでしょうね。ここで歌を歌ってくれているガイドの方がいました。

裏の庭までもがこんな美しい造りです。そして誰もいません。

Naghshe Jahan Restaurant(レストラン)

建物が美しそうなペルシャ料理店をネットで見つけたので入ってみます。
入口が全然分からなかったのですが、中庭みたいな場所のこの階段を上がって行きます。

これはいい🥰光の入り方が相変わらず美しいです。

このお座敷みたいな所で食事出来ます。日本人はお座敷が落ち着くわぁ~( *´艸`)

ケバブが有名ですが、久々に魚が食べたいので頼んでみました。1人だと凄い量です。
ご飯は2種類あったので高い方を頼んでみたら、緑の葉っぱ入りみたいなご飯で失敗。
味は普通でしたが、この雰囲気で食事出来たのが最高に寛げました。金額はフレッシュオレンジジュース込で1500円位の観光地価格ですが、たまにはこんな食事もいいでしょう。

シャイフ・ルトゥフッラー・モスク

さて。最後にとっておいたここ。1番目立つ入口のシャイフ・ルトゥフッラー・モスクに入ってみます。

王のモスクらしく期待大。そして100IRR払っても発券のおっちゃんはチケットをくれず「中に入れ」とジェスチャーします。それ、海外あるあるの「あなたのポケットマネーにしてるよね?」って感じですがイランの発券所ではこんなことが3分の1はありました。そりゃ国も発展せんわ。

中は光が差し込んで綺麗ですが・・・

たったこれだけの空間
さっきのモスクが壮大で凄い広さだったのに対しここはこの空間だけ。なぜ同じ料金設定にした。

エスファハーン街歩き

疲れて宿に1度戻ると昼寝してしまいました。最近夕方位に凄い眠気が襲ってきます。旅の疲れが溜まっているようです。夜になってしまいましたが、イマーム広場以外にも行ってみます。

ジョージアで購入した化粧水がもうなくなりそうなので、ショッピングモールに買いにきたのですが・・・廃墟になっていました。

ハシュト ベヘシュト宮殿横の道が夜も人通りが多くお店がいっぱいあったので化粧品店を見つけておっちゃんから化粧水を購入しました。300IRR(≒900円)で購入したのですが、後で使用してみると全く潤わないのとイランの物価からすると激高でボラれていたのかも知れません。

イランのケーキ。いやなんで海外のケーキってブルーやグリーンの色の生クリームが好きなんでしょうか。

甘いものが食べたくなって道端で売っていたソフトクリーム屋に「ザクロソフト!」と注文したのですが黄色いソフトが出てきました。もう1度「これザクロ?」と聞いても「うん。」とうなずきます。ザクロって日本語だし通じているわけがありません。味はバナナなのか芋なのかよく分からないうすーーーい味。

イランは物価が安いので1度位はいいホテルに泊まろうかとこの有名なアバシ・ホテルを検討したのですが、残念ながら明後日まで満床。カフェだけでも入ろうかと思ったらなんと入場料金がいるので入りませんでした。

イマーム広場に戻って来ました。やはりライトアップは綺麗です。中はぼったくり一部屋だけの王のモスクですが。

今日はイマーム広場を取り囲むモスクに3つとも入りました。イスファハーンの主な観光地はここで終わりかと思います。
広くて綺麗なのに、16世紀まで栄華を極めたこのペルシャ帝国の今の状況を思うとしんみり。

明日はジョージアで知り合った方に勧めて頂いた古民家に行ってみます。ここが1番楽しみにしていた場所。明日の夜にはヤズドへ向かいます。

イラン人から見た30年前の日本。テヘランからイスファハーンまで夜行バス移動(2023.12.17)

2023.12.16~17(日)
1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)

イランモール→南バスターミナルへ

テヘランのイランモールは全部周ると6時間はかかるとGoogleMapにありましたが、もう21時を過ぎているのでホステルに戻ります。

イラン人から見た30年前の日本

モール前でSnapp!アプリでタクシーを呼ぶとすぐ来て、運転手のおじさんに「日本人ですか?」と聞かれたので「そうだ。」と言うとめちゃめちゃ感激しています。

おじさんは大声で後ろを向きながら「日本人、大好きデス。嬉しくて感激してイマス。私30年前に日本で10年働いてイマシタ。」と興奮しながら言ってきます。
そうですね、昔はイラン人労働者がいっぱい街にいました。っておい、お願い前向いて運転して。そしてハンドルから両手を離さないで( ;∀;)

彼は名古屋の栄で『奥村アキラ』さんという大金持ちの社長さんの元で、日当1万3千円で建築現場で働いていたそうです。それはそれは社長と社長の奥さん、数々の日本人に親切にしてもらったそうで日本人が大好きなんだそう。30分以上タクシーに乗っていましたが、ずっと日本のことを褒めてくれました。

・日本人は皆親切だ、社長にはボーナスまで貰えた
・日本の製品は優秀だ、中●のはすぐ壊れる
・イランだと政治家の悪口言うとすぐ警察に捕まって首を切られるが、日本の総理大臣は常に日本のことを1番に考えている、殺された安倍さん大好き
・イランでは偉い人らは自分と自分の家族が裕福になることしか考えていない、日本はそんなことない
・日本で生まれたことは最高にラッキーなことで、私は生まれ変わったら日本人に生まれたい

うーん。現在、日本人らが「日本は働きづらいので脱出したい。30年ずっと不景気で給与が上がらない。海外ノマドしたい。」と言っているのとイメージが違い過ぎますね(;^ω^)

よくよく聞いていくと・・・
「東京が世界1番物価が高い、東京最高!!日本の経済は世界で1番強い。今は1$=120円位か??」
と言われて気付きました。おっちゃんの記憶は30年前の日本で止まっているのです。ネットが規制されているので、今の日本の経済状況を知らないのでしょう。
おっちゃんが日本にいたのはバブル絶頂期。奥さんをスーパーに車で送っていっただけで小遣い千円を貰え、イランに住んでいた家族まで呼び寄せてくれて一緒に日本を観光させてもらったそう。日当の1.3万も今のイランの物価からすると相当な金額。彼が「30年前はイタリアやフランスも旅行した。」と言うのも納得です。「しかし今はイランの政治が悪すぎて日々の生活が苦しくなってしまった。」と。

「いや日本の経済も弱いし、アメリカやオーストラリアの方が全然物価高いよと言っても「何を言ってる、日本が世界でNo.1だ。」と言って信じてくれません。
。。。あぁ、日本もそんな時代あったなぁ。。。私も子供の頃を思い出し懐かしくなりました。

日本人と会ったのが久々で嬉し過ぎてチャイをしたいと言われましたが「早くバスターミナルに行かないといけないから、ごめん。」と言ってタクシーを降りました。
日本のことを褒めちぎってくれたお礼に料金は倍(と言っても余分に300円)支払うと凄く喜んでくれ、別れ際に振り返って見たおっちゃんは昔の良き時代に思いを馳せ涙ぐんでいるように見えました。

テヘラン南バスターミナル(South Bus Terminal)

心優しいおっちゃんとチャイをしたかったですが、私はまだバスのチケットを持っていないのが気になり心ここにあらず。
Heritage Hosutelで荷物をピックアップし「今から乗れるイスファハーン行きのバスある?」とレセプションの人にネットで予約サイトを見てもらったら
「今日は予約でいっぱいだよ。」と言われました(;´Д`)
「でも・・・直接バスターミナルに行ったらたぶん乗れるよ。」とのこと。

22時半にまたSnapp!アプリで南バスターミナルに到着。タクシーは15分位の移動ならたった100円です。
全く英語の通じないカウンターで「イスファハーン、イスファハーン」と言いまくっていたら「12番の窓口行け。」と言われ、窓口に行ったらパスポートを渡してチケットをくれました。

6時間も乗るのに150IRR(≒450円)ってタクシーと比較してもおかしい金額。しかも7万IRRまけてくれました。バス会社の利益はどうなってんの。そしてチケットのペルシャ文字、全く読めないんですが。何時にどこ??

「何時ー?」って窓口で騒いでいると「案内係がいるから。」とカウンターの向こうからおじいちゃんが出て来てくれ、下の階に停車しているバスまで案内してくれました。
23時にまだ7割位しか座席は埋まっていませんがバスは出発。イランのバスはチケット予約なしでも凄くスムーズ、そしてフットレストがあるのと前の席とのピッチが大きいのでとても快適・爆睡でした。

途中、こんなネオン煌びやかな場所で1回だけ休憩。トルコより休憩時間はかなり少な目です。給仕のおっちゃんに親切に何回もペルシャ語で「1度降りろよ、トイレとか食事とかあるぞ。」と言われている感じなのですが、眠すぎて降りませんでした。お酒を飲まなかったら6時間位トイレ行かなくても大丈夫ですね。

朝の5時。きっちり6時間でイスファハーンのバスターミナルに到着。街の中心からはかなり離れています。ここからもSnapp!アプリでホテルまで行ってもらいます。

Isfahan Heritage Hostel

タクシーは410,000リアル(115円)でホテルに到着。

今回も一見したところホテルとは分からない外観ですが・・・

中は安定のテラスありのHeritage Hostelです。テヘランのHeritage Hostelと全く造りが同じですし違うところに泊まりたかったのですが、地図を見るとどうみてもここが1番場所が便利で安いので、またここに。
イランのホテルの予約はVPNを繋いだらHostel Worldのサイトが見れて、残部屋数と料金、口コミなどが分かるのですが、イランに入国してからクレカが使えないので予約出来ず。以降全部飛びこみになります。

レセプションのお兄さんは朝の6時前だったので超絶迷惑そうwww
女性専用ドミトリーに半額の3ドル払ってアーリーチェックインさせてもらいました。チェックイン時間の14時まで待つ体力なんざもうありません(;´・ω・)

イマーム広場

起きたらもう14時。そこからシャワーを浴びて徒歩ですぐのイマーム広場へ。

うーん。裏口に周ってしまいひたすら遠回りです。モスクはまた改装中ですか。あの丸い形に足場を組むのが凄いなぁ。

こんな感じの周囲のお土産屋が並ぶ道に入り込んだら・・・

やっと中に入れました。これが16世紀に『イスファハーンは世界の半分』とまで称えられたイマーム広場です。アッバース1世によってつくられ、サファヴィー朝の都として栄えました。 確かにデカイ。写真じゃ伝わりませんがメキシコシティのソカロ(中央広場)も広過ぎてびっくり。
そして人が少なくて綺麗です。

馬車が走っています。昼寝しちゃったので、もう日が暮れてきました。

南はさっき足場があった17世紀のシャー・モスク

東は1600年代の古いシャイフ・ルトゥフッラー・モスク

繊細で上品なデザインです。イラン建築は本当に美しい。

西は木造の柱がある6階建てのアリ・カプ宮殿。どこも16時位には入場者を締め切るようで入れなかったのでまた明日訪問します。

周囲のお土産屋も覗いてみます。カーペット、貴金属、お茶セットなどが売られています。

木製の装飾箱には値札が付いていました。千円前後位。全部デザインが違っていて美しいですね。買いたいけどもうスーツケースには入りません。

やっぱり買って日本に送れば良かったかなぁ・・・

見ているだけで美し過ぎてあっという間に夜。私はやはり自然より建築物が大好きです。

ライトアップの仕方も美しく・・・さすが世界の半分、イスファハーン!
いや、そこまで広くないけど!!

Cafe Museum

雰囲気が良さげなカフェがあったので入ってみました。

チーズケーキとカフェオレで全部で800円位でイランの物価からすると激高。
ケバブだけでなくこんな西洋よりのカフェや食事もあるんですね。

たまには観光も休憩してこんな風にのんびり過ごしたいなぁ。これぞ心と体力の休息。仕事だって週2回も休みがあるんだから、旅だって休まないと体力も気力もへとへとになってしまいます。

夜のイスファハーン、イマーム広場もなんて美しいんでしょう。夕方とはまた違った趣です。

ホステルに戻って来ました。
テヘランの Heritage Hostelは満床だったのに対し、こちらは同じホテルでもガラガラ閑古鳥状態。
設備もこっちの方が古くて掃除は行き届いていません、しかしやはり観光地から近いのはいいです。

明日はイマーム広場で入れなかったモスクたちを見に行きます。

タージリッシュのサーダバード宮殿と世界で5番目に大きいイランモールへ(2023.12.16)

2023.12.16(土)
1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)、1ドル≒143円、1ユーロ≒156円

タージリッシュのイマームデサレ霊廟をあとにし、サーダバード宮殿へ徒歩で向かいます。

急な坂を10分程登り到着。周囲は高級住宅街のようです。

サーダバード宮殿

パフラヴィー王家の夏の離宮として建てられ、広大な敷地にいくつもの宮殿が点在しているようです。

ここは入場100万IRR(≒300円)に加え、宮殿ごとに入場料が掛かるみたいです。よくわからんですが上の2つの高めの宮殿にしといたら間違いないかなと思い、メラット宮殿と緑の宮殿を申し込みました。各100万IRRずつです。

入口からずっとこんな坂道を上がります。私にここを紹介してくれたおば様はこの白樺の写真を見せてくれていたので、間違いなくここで合ってました。

緑の宮殿(シャーヴァンド)

ぜいぜい。かなり登ってきて辿り着きました。ここが1番のメインの宮殿のようで並んでいます。
外観の石の種類が緑色なので緑の宮殿と呼ばれています。屋根の色も合わせていてセンスいいですね。

落ち着いたリビングもありますが・・・

ここも鏡でキンキラキンなんですね。別荘なのに落ち着くんでしょうかこれ。

似てますが別の部屋。なぜイラン建築は鏡張りが好きなんでしょうか。高級感の頂点みたいな感じですね。

食堂です。そんな大勢で食べますか。

メラット美術館(ホワイト宮殿)

もう1つの白い宮殿の方へ来ました。レザー・パフラヴィ氏とファラー・パフラヴィ氏の公邸のホワイト宮殿を美術館にしたメラット美術館です。誰ですかそれは。

宮殿正面からの景色。

こっちはだいぶ後から出来たんですかね。落ち着いた現代風の内装です。

私の部屋、これくらいの広さでいいんですけどね~
天井が高いのが豪華ですね。あとこの大きさのペルシャ絨毯っておいくら位するんでしょう。
カーテンも洗濯機に入らないとか大きなお世話ですね。

とっても綺麗な別荘たちでした。タージリッシュに来て良かったです。
ガラスの柵でインテリアに近づけないのと、各部屋こじんまりしているので、壮大さはゴレスターン宮殿の方が圧倒的でしたが。あっちの方がお金があった時代の歴史的な建物なんでしょう。ここの別荘は周囲の森との景色を楽しめたのが良かったです。

帰り道のにゃんこ。温かくて気持ち良さそうです。

ATMの中で寝るんじゃない。自動ドアをどうやって出るつもりでしょうか。

GoogleMapを見て、せっかく遠回りして時間博物館とやらに来たのですが、受付の強欲そうなおっさんが提示するチケット代が500万IRR(≒2500円)でした。イラン人はどうせその20分の1とかなのに。
各国の色んな時計が展示されているようなのですが、ここがさっきの宮殿の5倍の料金というのはコスパ的にあり得ないので退散します。

タージリッシュはテヘランの中心より、ヒジャブを被らずおしゃれを楽しんでいる女性が多い気がします。前方の女性らのように全身黒マントの方もいるのですが。

タージリッシュ駅からイランモールへ向かう

今夜の深夜バスでイスファハーンへ向かう予定ですが、まだもう1か所、テヘランで行きたい場所があります。イランモールという西アジア最大、世界で5番目に大きいショッピングモールです。最寄りの地下鉄駅はないので、Snapp!というタクシーアプリでここからどれ位掛かるか調べると45分、金額は500円位と格安過ぎ。しかしタージリッシュ駅周辺が大渋滞で全く車が動いていないので、近くまで地下鉄で行ってみることに。

中心地からはかなり離れた西の方にあるんですよね。

2回も乗り換えてやっとこの黄色の路線の終点Eram-e Sabz駅に来ました。また乗り換え間違えをしましたが。ここで緑色の路線に乗り換えます。終点だけに大きな駅です。

ホームはいつの間にか地上駅。そして凄い人です。住宅街へ向かう路線なのでしょうか。
そしてうわっ京阪電鉄みたいな2階建て列車が来ました。

どこですか、ここは。

2階建て列車、30分以上どこにも停まらず降りれませんでした。なんと特急だったようです。

30分以上降りれず到着した無人駅はGoogleMapを見るとカラジュ地方にある駅で、イオンモールなんぞとっくに通り過ぎ、テヘラン中心~イオンモール間より更に遠い地方に来ています。あほですか私は。

反対側のホームへ行きまた2階建て列車に乗ります。今度は各駅停車。しかし英語のアナウンスはないし無人駅だし勘で乗るしかない感じ。

イランモール

イランモールが近づいたら駅を降り、Snapp!アプリでタクシーを呼び到着。
初めてのタクシーアプリ使用でドキドキしましたが15分乗って100円位の激安金額、お釣りもきっちり返ってきて便利アプリです。

なんか凄い豪華ですよ。「イオンモールへ行ってくれ。」とタクシーに乗る時いい間違えましたが。

ガラガラ過ぎて怖いです。まだ建設途中なんでしょうか。オープンしていないお店もいっぱい。
広過ぎて訳わかりませんが、図書館をモチーフにしたコーナーがあるとのことで行ってみます。

適当に歩いていたら着きました。

凄いですね。豪華な図書館コーナーです。サイドには図書館カフェがありました。

横の通路からクラフトショップコーナーへ行けるようです。

ペルシャ絨毯販売コーナーに・・・
ドバイの金持ちとかが買い付けに来るのでしょうか?

インテリアコーナー。

これは無料の展示室。
やはりミラー好きですね。時間があればカフェに入ったりゆっくりしたかったです。

GoogleMapの口コミで「全部周るのに6時間掛かった。」とあったので、端の方まで行けばかなり広いのでしょう。こんなホテルよりも無駄な空間がいっぱいあります。お金あるんですねイランって。

何とか安そうなフードコートを見つけてピザを注文。バスターミナルを下見に行った時、食堂がなかったので腹ごしらえをしてからバスに乗ります。

めちゃめちゃ愛想いい店員さんのお勧めミートピザ。出て来るのに15分以上掛かりましたが。
なんか味が薄いと思ったらケチャップは自分でかけて味付けしないといけないようです。一緒に焼いてくれた方がアツアツで美味しいと思うのですが。食べきれないので半分持ち帰ります。

さて、もう22時近いです。ホステルに戻って荷物をピックアップし、テヘランの南バスターミナルへ向かいます。

テヘランのタージリッシュ、驚異の鏡張りイマームデサレ霊廟(2023.12.16)

2023.12.16(土)
1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)、1ドル≒143円、1ユーロ≒156円

本日もHeritage Hotelの変わらぬ朝と変わらぬ朝食です。外で食べるのはだいぶ寒くなってきました。

テラスに噴水があって気持ち良く、ずっと同じ宿に長居してしまいました。
ドミトリーはエアコンの温風が全開なので、二段ベッドの上の段は熱すぎ・乾燥し過ぎなので下の段に移りたいのですが、イランでビジネスをしている中国人に占領されています。

延泊したら女性専用ドミが予約で満室で、男女混合ドミに移らされました。人気の宿のようです。
同室のイラン人女性らがうるさ過ぎたのでいいんですが、今度はイラン人男性の体臭が…どっちの方が耐え難いか勝負って感じです。両方ともペルシャ語だったのでイラン人かと思いましたがパキスタン人かもです。

タージリッシュ駅とバザール

本日はテヘラン行きの飛行機で隣の席のドイツ人おば様お勧めのタージリッシュという所へ行ってみたいと思います。ネット情報が出てこないのですが、地下鉄で行けるようなので。

テヘランの中心地から地下鉄で北に向かって40分ほど乗り、終点の駅に到着。

いつの間にか凄い地下に潜っていたようで、こんなエスカレーターを何本も乗り継いでやっと地上へ。

出てすぐ、おしゃれなバザールがあります。

結構歴史がありそうなタージリッシュ・バザール。

この道端で売っている赤い食べ物が何か気になっていたのですが、デーツ(赤カブ)でした。右は豆。

Imamzadeh Saleh(イマームデサレ霊廟)

バザールを抜けると左手にモスクが見えました。いつも通りのタイル張りのモスクだろうなと思いながらも中に入ってみることに。

入口

これまでのモスクと違い、入口で厳重なセキュリティチェック。私はイランではスカーフを頭に被ってダブダブの服をいつも着て観光しているのですが、それでも更に足元まである布を被せられました。
どう見ても異教徒の私ですが、それは気にならないようです。

ガイドブックやGoogleで検索しても出てこないので、観光地ではないようです。どうやらハズラット イマーム ムーサ アル カジムという偉大なる方の息子のお墓。シーア派の人気ある聖地ということしか分かりません。

正面の入口からは勿論男性しか入れないので、横へ回ります。本当、イスラムの国では女性は損だわ。

この石で何かしてお参りするようなのですが・・・ルールが分かりません。靴はカーペットの前で脱いで、靴を入れる袋は近くの方が皆に配ってくれています。

外国人観光客は私だけでアウエイ感は凄いです。
地方からお参りに来たイラン人観光客らが多く、私のことが珍しいのかめちゃめちゃペルシャ語で話し掛けられまくります。何を言っているのか全然分かりません。まぁいつも「どこの国から来た?」しか聞かれないので「ジャポン」と答えておきましたが。

イラン人観光客の人らは、写真を撮りまくっていたので私も便乗して写真を撮りながら中に入りました。どうせ女性しか入れないところはいつもショボ・・・

えっ(/ω\)凄いんだけど。

キンキンきらきら\(^o^)/♪
頭がおかしくなりそうな煌びやかなモスクです。外からこの中を想像出来たでしょうか。
女性エリアでこれだと男性エリアはどれだけ凄いんだ。み、見たい・・・

マハラジャですか。ディスコですか。なんでそんなにシャンデリア。

この赤い窓の向こうが四角い部屋になっていて覗き込むと棺が見えます。皆さん真剣にお祈りしています。
周りの人に見習って座って眺めていると、若いイラン人女性が英語で話し掛けてきて説明してくれました。
この窓の所に手を掛け、棺に向かってお祈りをすると何でも願いごとが叶うんだそうです。「何か願いなよ。」と言われましたが、金くれとか異教徒だしなぁ。。叶えてくれないでしょう。
そして「一人で旅している。」と言うと「??旦那も父親もなしでどうやって観光地を知ることが出来るの?」と不思議そうに言われました。彼女は地方の人っぽかったのですが、そこまで男性に頼る感覚なのでしょうか。今はネットがあるから女ひとりで生きていけるのだよ。

タージリッシュ散策

タージリッシュに来た目的はサーダバード宮殿に来たかったからなのですが。降り立った駅で思いもかけず驚異の鏡張り霊廟を拝見することが出来ました。そして本来の目的地へ向かいます。

途中、ショッピングモールを見掛けたのでトイレへ。こんなおしゃれなカフェもあるんですね。イラン人女性の服装とお店の近代ぶりが合ってない感じです。

若い子らが頭にヒジャブを被っていなかったり鼻ピアスをしていたりするのを見ていると、女性らは本当は強制されたうっとおしい体や髪を覆う布は取って、おしゃれを楽しみたいのではないのでしょうか。私の想像ですが・・・

おお~これはイースター島でモアイたちを無償で立て直したタダノのクレーンでは。こんなとこにもタダノ。因みにナンバープレート2つ目の文字は数字の5です。この数字を見る度におしりしか思い浮かばないので少し照れた気持ちになります。

短いですが今回はここまで。リアルタイムではイランのヤズドにいるのですが、宿のネットが遅すぎて画像がちょっとずつしかアップ出来ません。なのでちょっとずつの更新です。

次はサーダバード宮殿へ。

壮麗なるゴレスターン宮殿、鏡の量はベルサイユ宮殿超え(2023.12.15)

2023.12.15(金)
1ドル≒490万イランリアル(流通レート)、1ドル≒143円、1ユーロ≒156円

宿は2段ベッドの上の段なのと暖房のエアコンが一晩中ガンガンについているのが気に入りませんが、場所移動は面倒なので延泊します。闇レートIRR<ユーロ払い<公定レートIRRの順で支払いはお得です。

おはようございます。宿の前の人形館です。と思ったら労働組合でした。なんですかこの人形たち。
本日は晴れ。いよいよ楽しみにしていたイラン建築を見に行きます!

本日もテヘラン大渋滞。マスク必須ですね。持って来ていて良かったです。
していないと自分が排気ガスを吸っているのがモロに分かる感じ。

ゴレスタン宮殿

2013年世界遺産登録のゴレスタン宮殿とやらに来てみました。

現金で支払っているのは私だけで、他の人はイランカードだったので外国人観光客は私だけなんでしょうか。料金は650万リアル(≒1,900円)。

内部は7か所の建物があって1つ1つに料金が掛かるとネットで見たのですが、現在はこのチケットのみの販売で全ての建物に入れます。運営方法はコロコロ変わるようです。

タフテ・マルマル

正面から早速凄い建物に来ました。ペルシャ芸術の最高峰だそう。
内部が天井まで鏡張り?!心躍ります。

パフラヴィー朝イラン(1925~1979年)の王の王座の間。私がもう生まれている年代じゃないですか。

伝わりますでしょうか。この繊細なデザインと全てが鏡。
これまでのコーカサス地方のタイルデザインとは一線を画してます。

これだけの鏡を使った建築は、私が見たことある中ではベルサイユ宮殿でしょうか。しかしあっちの下品なゴテゴテデザインとは違い繊細さが凄い。こっちは何部屋もこうなので規模も桁違いです。

中は博物館になっていて、博物館を抜けると、靴にカバーを被せて宮殿の広間へ。

18世紀末、カージャール朝の4代目の王、ナーセルッディーン・シャーがヨーロッパに憧れ、ヨーロッパ風の建物を建てるように命じて建築されたのがこのゴレスタン宮殿です。

ヨーロッパとペルシャの文化が混じるとこんな凄いことに。

壁のアップ。
ベルサイユ宮殿がどーーんっと大きな鏡を張っているのに対し、こちらは1枚1枚細かく張り付けていて、しかも角度が付いています。それがこの部屋の壁から天井まで全部。

職人さんは手を切らなかったのでしょうか。気が遠くなるような作業です。そして肩が凝り凝りにならなかったのでしょうか。総建築費はいくらなのでしょうか。ドイツのノイシュバンシュタイン城やベルサイユ宮殿のように総工費にお金を掛け過ぎて国民から恨まれ、王は処刑されたりはしなかったのでしょうか。大きなお世話でしょうか。

(後で調べたらやはり暗殺されていました

鏡張りでない部屋もあります。しかしこの天井高さとシャンデリアのスケール感、溜息しか出ません。

イラン人は手先が器用なんでしょうか。私が学生の頃も上野駅に大勢イラン人がたむろしていて、精巧な偽装テレフォンカードを売りまくってましたもんね、そのせいで2000年以降入国禁止に

シャムス・オル・エマーレ

庭園を抜けて2つ目はシャムス・オル・エマーレ
時計周りに周ると年代別に周れるようです。

ステンドグラスも入ってきました。ちょっとデザイン変わりましたね。

バードギール

3つ目の建物。
外はこんな感じです。7つの建物のうち小さいものもあるので2~3時間で全て回れそうです。

モスクの天井でよく見るデザインです。鏡張り付け職人は首が痛くなったことでしょう・・

4つ目以降の建物

地下の迷路のような建物内に絵画が飾られている建物があったり、一部屋しかない建物などもありました。閉鎖されている部分も。

旧アブヤーズ宮殿(民族博物館)

そして最後の7つ目の建物、旧アブヤーズ宮殿は博物館となっており、民族衣装やイランの歴史を紹介しております。

悪魔の儀式・・・いや祭りに使われるもののよう。たぶんなまはげ的な。

シーシャばかり吸っているとこんな駄目人間になるよ。という展示でしょうか。私は吸わないので独断と偏見です。

イラン人家族の日常。日本みたいにこたつがあるんですね。

しかし家族の虚ろな目・・・家庭崩壊です。
旦那がDVか、ギャンブルばかりで家にお金を入れないとかでしょうか。子供のマネキン雑・・・

小林幸子?ラスボス感満載。

テヘラン鉄道駅

何時間もいたのですっかり夕方に。雨で前半テヘランで足止めをくらってしまいましたが、明日にはもうイスファハーンに移動しようと思うので、鉄道かバスのチケットを買いに。

しかしどう見ても鉄道は本数が少ない割に人が多過ぎて乗れそうにありません。ネットのHPで見ても3日以上先まで満席でした。

鉄道駅と南バスターミナルは地下鉄で1駅なのでバスターミナルの方に来てみました。

行き先も看板もペルシャ語表記のみで全く読めませんが、窓口がかなりあるので多分明日いきなり来ても買えるしょう。
テヘラン最終日の明日の観光は、遠くまで行こうと思うのでくので何時のバスに乗れるか読めないのです。雰囲気からして、多分当日いきなり来てチケットは買えるとふみました。

明日は、イラン入国時に飛行機の隣の席のドイツ人のおば様が勧めてくれたタージリッシュという町へ行ってみたいと思います。

雨のテヘラン、旧アメリカ大使館跡と闇両替へ。枚数をごまかされる(2023.12.12~14)

2023.12.12(火)
1ドル≒490万イランリアル(実勢レート)、1ドル≒143円、1ユーロ≒156円

イラン到着初日は、さすがに飛行機深夜便で24時間以上眠れていなかったので、外食しただけで終わってしまいました。

近所のケバブ屋

近所のケバブバーガー。メニューや看板はペルシャ語オンリーで全く読めず。店頭の肉を指差して注文しました。こんな落書きみたいな文字、イラン人は本当に読めるんでしょうか。
肉ケバブバーガーは1400000IRL(500円)もしたのに、あまり美味しくなかったです。量は多かったですが。ケバブはトルコが本場でしょうか。

Heritage Hostelでは誕生日パーティが行われていました。2時間以上踊っていました。ここはどうやらパリピが集まる宿のようです。私はもちろん入っておりません、もう年齢的にこういうのは苦手ですね。ひっそり隅で眺めさせてもらいました。

宿泊客は半分パキスタン人、半分中国人って感じの構成ですが1名だけこんなところに日本人がいました。20代男性の方で、ペルシャ語が話せるのでパキスタン人の輪の中にいつも入っています。かっこいいですね~


2023.12.13(水)

ホテルの朝食は毎日こんな感じ。

紅茶がいつでも飲み放題なのが嬉しいです。パンは固くて美味しくないのですが、トマトときゅうりはこれまでの国同様、味が濃くて美味しいです。

テヘランにはそれはそれは美しい宮殿があるようなのですが、本日と明日は曇りなので明後日に行くことにし、バザールや博物館を回ります。散歩がてら歩いて向かってみます。

紙袋屋さんでしょうか。早速もうイスラムちっくなデザインが美しいです。

この通りの両サイドから中のショッピングモールまで全てが靴屋さんです。他の町でもそんなエリアを見たのですが、イラン人は靴が好きなのでしょうか。

エルメスの靴屋発見!

そこら中に名もなきモスク

あんた誰やねん像の頭には必ず鳩が・・・

旧アメリカ合衆国大使館

イランとアメリカは対立しているのにアメリカ合衆国大使館があったので来てみました。
1979年のイラン・アメリカ大使館人質事件があった現場を「アメリカ大嫌い博物館」として再利用しているようです。無料で入れました。

外壁の壁画。う~ん、アメリカの国旗が溶けたんでしょうか。

こえーよ。

建物入って正面がこれです。Don’t with USAですか。
経済制裁を受けているせいで、イランは石油産出国なのに輸出出来ずイランリアルが大暴落しているんですよね。観光客もクレカが使えないせいで入ってこないだろうし仲良く出来ないんでしょうか。

そういえばイラン航空撃墜事件とかあったし無理ですかね・・・
小さい頃ですが薄っすらとニュースでやっていた記憶があります。

廊下も外壁と同じくこんな感じの風刺画がいっぱい。めちゃめちゃアメリカの悪口を書いています。
根深い恨みがあるんでしょうね。

当時の大使館の実際の現場。解説を読むと「スパイ行為を行っていた証拠」とあります。大使館の人々は400日以上も拘束されていて、救出されるために密かに外部と連絡を取っていたようです。

マネキンたち「詳しくは2012年の映画『アルゴ』を見てね!」
私は見てませんがネット環境が良くなったらみたいですね。イランの宿のネットは遅くて動画は無理です。

しかし中々こんな他国の悪口博物館設立って勇気がいるのではないでしょうか。衝突を避けたい日本人の感覚からすれば理解出来ません。世界から孤立したり戦争とかになったら嫌だし・・・その辺が歩んできた歴史や宗教の違いなのかも知れません。

これを見てアメリカと友好国の日本人は敵視されているのでは・・・とビビりましたが「日本はアメリカの敗戦国だから仕方なく言うことを聞いてるんだよね。」と思われているようです。ネットで見ただけなので本当かどうか知らんけど。
同じ宿のペルシャ語を話せる日本人に聞いたら「イラン人はイスラエル人と中国人は嫌いだけど、日本人は好きだよ。」と申しておりました。なんかどこでも嫌われてるなぁ・・・かの国は。

テヘラン夜歩き

地下鉄で移動します。空港からの地下鉄は15万IRRでしたが、街中は1回4万IRR(15円)です。

海外で夜は歩きたくないですが、冬は17時でもう真っ暗なので仕方ありません。
大通り沿いなら渋滞だらけ、女性も大勢歩いていて安全そうです。

それよりイランの車とバイクの運転が荒過ぎ注意。歩行者信号は皆無なのでベトナムのように車と車の間を縫って道路を渡らないといけません。加えてバイクはオール信号無視で全方向からやって来るのでアクションゲームのラスボス直前みたいに全方向攻撃で速攻やられそうです。

ショッピングモールに来てみました。全フロア携帯電話しか置いていません。最上階のフードコートも2店舗のみ。
なぜ他国みたいに服、化粧品、食料など置いてある複合施設にしないんですかね。靴売りエリアといいイランは1点集中勝負型なんでしょうか。

ビタミン補給は路上のザクロジュースで。搾りたてで激うまー。50万IRRでトルコより安いし量が多いのでリピ確定。

イランのインテリアはゴージャズですね。大通り沿いを歩いてこの日はホテルに戻りました。


2023.12.14(木)

この日は雨。
バザールとやらに来てみました。地下鉄の女性専用車両が山手線バリにぎゅうぎゅうでした。

・・・・

なんかもう無理。奥までびっしり人、人、人。
金曜日がイスラム教の国の休日なので休日前だからこんな殺人並みに人が多いんでしょうか。スリに遭う予感しかしないので抜けます。一応こんな昔風のバザールの横に・・・

中に入ってみると地下まであるようなこんな近代的なショッピングモールも混在しています。

ねこ公園(パーク・シャー)

ホステルにたった1名だけ日本人男性がいたので、その方に「ねこ公園がある」と教えてもらいバザールの近くだったので来てみました。

トルコじゃおっちゃんらが、ノラ猫を撫で抱っこしてめちゃめちゃかわいがっているのですが、イランではガキんちょ共が石を投げたり、大人は追い払ったりで全然可愛がられていません。
イスラム教だから(ムハンマドが可愛がっていたから)可愛がるという訳でもないんですね。

お前は・・・

マヌルネコ?!絶滅危惧種のマヌルネコ??(; ・`д・´)

テヘランで闇両替、金額ごまかしに注意

Ferdowsi Squareの周囲一帯に片手に札束、片手にスマホを持って立っている両替商らがいます。
この人らと両替すると実勢レートに近い金額でユーロとドルをイランリアルに交換して貰えます。

公定レートが1ドル≒420万リアル、実勢レートは500万リアルです。100ドル両替したら2500~3000円違うので、私もここで両替します。道端両替はアルゼンチンで慣れてます。

1番最初に「エクスチェンジ、ダラー?」と声を掛けてきた3人組のおっちゃんらが「1$=500万IRR」と言うので両替に応じます。私が持っていた100ドル札を先に取られ、こういう時はたいがい後で返してくれないので嫌な予感しかしません。
そして全てが50万リアルのお札を渡されました。200枚あるので凄い札束の量です。

1まーい、2まーい、3まーい・・・ん??
どう数えても80枚しかありません。2回数えて計算機を叩きながら首をかしげていると100万リアル札をパラパラ何枚か渡してきました。それでも足りないのでまた数えていると、また違った単位のお札をパラパラ渡してきます。こいつ・・・

「こらっ足りんやないかい!!(。-`ω-)
「手数料だよ、480000000リアルあるだろ?」
「1$=500万リアルって言ったやん」
「手数料がかかるんだよ」
「手数料、最初に言え!!私の100$返せ!」
「分かった、分かった、もうちょっと渡すから」

また細かいお金をぱらぱら渡してくるのですが、私には0が多過ぎて数えられません。
それより何により、最初にこいつが渡してきた金額が40万リアルで足りなかったのが気に食いません。

「返せ!返せ!かえせ~ボケっ!ヽ(`Д´#)ノ」

と、言いまくってやっと100$札を返して貰いました。例え後から正規の料金を渡してこようが、嫌な奴と取引したくありません。
幸い両替商はいっぱいいるので、道路を渡った向かい側に居た別の人に1$=490IRRで両替して貰いました。(5人に聞いて同じ金額)今度は先に$を渡せとか言ってこないちゃんとした人です。

100$両替してこれです。100万リアル札49枚。最初に渡されたのは50万リアル札だったのでこれの倍渡されたのです、道端で。あわよくば枚数ちょろまかし・・・とか思っていたんでしょうかね、最初の3人組は。でもきっと引っ掛かる人がいるからああいう事をするんですよね。

お金持ちになったので、猫公園横のフードコートへ。
並んでいたら中学性位の女の子がキラキラした目で私を見てきます。母親に「どこの国の人ですか?一緒に写真を撮ってやってくれませんか。」と頼まれました。アジア人が珍しいんですかね。

試食させてくれたミンチケバブと野菜の炒め物がとても美味しかったので頼みます。ご飯はザクロの粒が乗っていてなんて綺麗なんでしょう。全部で250IRR(850円)と高めでしたが凄い量。
他の地元の人はスープみたいなのと、この半分の量のご飯をを食べていたのでハーフサイズというのが注文出来たのかもしれません。英語が通じないので指差すしかないんですよね。半分は持ち帰って夜ご飯にさせて頂きました。

さて。明日からは晴れです。
ここからが本当のテヘラン観光。イラン建築を巡ることにします。

女ひとりイラン入国!意外と簡単、空港から市内まですんなり到着(2023.12.11~12)

2023.12.11(月)
1トルコ・リラ≒5.1円、1ユーロ≒156円

イスタンブール市内からサビハ・ギョクチェン国際空港へ

イスタンブールの新市街から地下鉄とトラムを乗り継ぎ空港へ。
バスだと1本で行けますが、これまでの経験から満員で乗れなかったり渋滞で動かなかったりとハラハラしまくりだったので、2回の乗り換えは大変ですが地下鉄で行くことにします。Googleの表記でもこれが1番早く空港に到着しそう。

ここで昨日購入したイスタンブールカード3回券が何回でも使えることに気付く。
どうやら『イスタンブールカード3回券』60TLと『イスタンブールシティカード3日券600TLを間違えて購入してしまったようです。トルコ語オンリーで見わけもつかん。

左がイスタンブールカード購入機械、右がイスタンブールシティカード購入機械。
画面の文字をゆっくり読んでいるとすぐ最初の画面に戻ってしまうので、3と6の数字だけ確認して早押ししたら罠にはまってしまっていたようです。
300円のカードを3000円で購入していたことに気付きしばしボーゼン(@_@。
返金窓口がないか(2日使っているから無理でしょうが)キョロキョロしていると「どうしたんですかー。」と改札口に案内しただけでチップをせしめようとするおっさんが声を掛けてきます。おっさんに時間を取られる方が損失なので返金は諦め、早急に空港へ向かいます。

ペガサス航空チェックイン 初ビザ確認

サビハ・ギョクチェン国際空港に到着。市内からは地下鉄で1時間位。
飛行機はペガサス航空というトルコの LCC のHPから取りました。イスタンブールからイランのテヘラン空港まで1.4万円。機内持込み荷物は8kgまででしたが、バッグ1つしか持ち込めないと規約にあったので預け入れ荷物可能のクラスに3000円追加でグレードアップしておきました。
夜中0時10分発3時半の到着ですが、空港で寝るのも慣れたので大丈夫。

ペガサス航空のチェックイン窓口はかなりスムーズ。列がスイスイ進みます。南米やフィリピンも見習って欲しいものです。
この旅で初めてビザを取得したので確認されました。最強パスポートを持ってしても日本人はイラン訪問にビザが要ります。
イランのテヘラン空港でアライバルビザが取得出来るようですが、取得した人の話だと手数料含め80€だったらしいので、予めジョージアのトビリシのイラン大使館で取得しておきました。

ジョージアのトビリシで取得したイランビザ

ネットからイラン外務省のHPでビザを申請後、返事は100%来ないので自ら朝9時にイラン大使館を訪問。ビザ取得窓口へはロッカーに全荷物を預けてからしか入室出来ず、Google翻訳が使えない状態でペルシャ語とジョージア語のこの紙を貰い、バスで1駅戻った所にあるTBC銀行で30€振り込んでからまた大使館に戻って来て受け取る。。。という流れで、なかなかハードルが高かったです。
しかしアライバルビザよりかなり安いのでお得ではないでしょうか。

サビハ・ギョクチェン国際空港のラウンジ

ラウンジは2か所あり、両方ともプラザ プレミアム ラウンジだったので搭乗ゲートに近い方に入りました。 

久々のラウンジを楽しみに空港には3時間以上前に到着していたのですが・・・

食事がこれしかなくカスでした。ビールとワインだけ堪能。

しかし初イラン、緊張で中々酔いません。酔わなくていいんですが。
テロや戦争で怖いイメージのある国ですよね。行くとアメリカに入国出来なくなるとの噂もあるため、行ったことのある人が少ない国です。(正確にはESTAで入れないです。現在はイランのビザがeVIZAになり、入国スタンプも別紙に押してくれるのでESTAで入ろうと思えば可能。)

ペガサス航空、搭乗時に先頭に並んでいたカップルが座席が余っていたら乗れる航空券だったため、スタッフに「列の最後まで待て」と言われ大喧嘩し出し、20分遅れの出発。

座席指定しなかったので3人席の真ん中です。
左はイラン人女性、右はドイツ人女性のイランでビジネスをしているというおば様。おば様はずっと話し掛けてきます。テヘランだと北の町のタージリッシュ、更に北上して北の海に面したチャールースが最高だそうです。GoogleMapに保存させられました。
お願い・・・深夜1時・・・寝させて(;^ω^)

イマーム・ホメイニー国際空港

首都テヘランのイマーム・ホメイニー国際空港に3時間で到着。トルコとは30分の時差があり3時40分です。
到着と同時に飛行機に乗っていた女性らが一斉に頭にスカーフか毛糸の帽子を被り出しました。イランではイスラム法で女性は髪の毛を覆うヒジャブを被り、体の線が見えないゆったりした服装が義務付けられています。しまった、スカーフはスーツケースの中。暑かったので脱いでいたセーターを頭に被って入国審査を済ませました。審査官は(なんじゃこいつ)と思っていたと思いますが、観光客が少ないせいか「Welcom!」とにこやか&迅速でした。

※実際入国してみるとスカーフを被っていない女性(全て若い女性が1割位いました。政府のヒジャブ規制に反発しているのかも知れません。

審査ゲートを出たら早速「タクシー?」「ダラー?」とおっちゃんたちに声を掛けられまくり。やはり怖いので、おっちゃんたちの攻防が治まるまでこの方と同じように朝までベンチで寝ること。

このベンチは冷たいし固いし1時間位しか寝れません。トルコの空港で残りのリラを使い切るために購入したドーナツを食べながら、ネットで事前に調べていた情報を再読。因みに350円という空港価格のボリボリドーナツです。

SIMカード購入

到着ロビーの奥に1か所だけSIMカード販売コーナーがあります。左奥の黄色の円形カウンター。
60日10Gで6ドル。ネットに「市内で購入したら2400円」とあったので、これまでの国と違ってイランでは空港で買うのが最安値のようです。アクティベートも受付のお姉さんにお願いしました。5分位掛かっていたので、自分では難しくて無理だと思われます。

イランのネットとお金事情

イランでは中国と同じく政府によってネットが規制されています。今回の旅ではそれが1番不安でした。VPNに繋がないとネットが思うように見れないらしいので、不安過ぎてVPNアプリを6つダウンロードしてトルコにいる間に使い方をマスターしてから来ました。
元々NordVPNの有料会員ですが有名どころは全く使えないそうなので。(実際使えなかった)有料のものは無料期間中に解約する予定。
しかし実際繋げてみると、見れないのはSNS(twitter、インスタ、LINEなど)だけでGoogleもGoogleMAPも見れるので心配は杞憂に終わりました。この2つだけで旅は事足ります。

お金は、イランはアメリカから経済制裁を受けているためクレジットカードが使えません。現金のみ。イラン人は皆、国民が登録出来るイランカードなるもので支払っていますが、外国人がそれを手に入れるのはハードルが高いので、現金を大量に用意して持って来ました。
トルコにウズベキスタンなどと同様にドルユーロを引き出せるATMがあるのでそこで7万円分ずつ降ろしました。(実際には物価が安過ぎて数万で足ります。)
宿代やSIMカードはドルやユーロで支払えました。€はトルコ同様、普通に流通しているのと両替も€の方がレートがいいので、ドルより€を持っていくべきだと思います。

タクシーアプリSnapp!登録

イランにもUberやYandexと同じようなタクシーアプリSnapp!があります。読み方はエスナップ。トルコでダウンロードしておいたのですがイランの電話番号がないと起動出来なかったので、ここでSIMカードに記載されている番号を登録し、予約していたホテル迄の料金を調べます。

1,670,000イランリアル…おかしい。イランはタクシーが安いと聞いていたのですが、出てきた料金をいつも使っているCurrencyという為替アプリで見ると5,600円します。うーん、そりゃここから1時間近く乗るしその位はするわな…

Currencyアプリはトマムという10分の1にした単位の金額を入力して正規の料金になるようで、本当は560円でした。
1時間乗ってこの金額とは驚きです。イランはリアルとトマムという両方の単位が使われていてそれもややこしいです。

空港タクシーのカウンターもありますが、タクシーアプリより高いだろうし…Metroと書かれた看板があるので地下鉄で移動することに。

空港で両替

次は両替。「ダラーダラー」と話掛けてくるおっちゃんらは闇両替の方々です。レートを聞くと1$=420,000リアル(^o^)
…って、桁が多過ぎて訳わからんわっっ\(^o^)/

枚数が少なかったり、桁を誤魔化されても今の段階だと全く分からないので、おっちゃんが言うレートより悪いですが、上の階に1か所だけある正規の両替カウンターで20$だけ両替します。

因みに現在イラン旅行中の人をジョージアの宿のオーナーに紹介してもらい、実際に流通しているレートを知っています。1$=500,000リアル。
なので空港のカウンターも空港のおっちゃんもボリボリにぼっております。この辺はアルゼンチンでもそうだったので慣れておりますが。

20$がこんな感じになりました。デカい印字で0を4つ除いた表記もありますが、あほの私にはもう全く計算が出来ません。インフレが凄いんでしょうね。途中でデノミネーション(通貨切下げ)とかしなかったんでしょうか…

イマームホメイニー空港から地下鉄で市内へ

地下鉄へは到着ゲートから1つ上の階に行き、隣の建物へ移動。誰も居なくて不安。

路線図があったので、GoogleMAPの自分のホテルの最寄り駅とにらめっこ。2回も乗り換えしないといけないみたい。

時刻表。1時間置きか…と思いきや、チケット売り場のおっちゃんがペルシャ語で言うには、右の列の時刻しか市内へ行かないみたいです。2時間置きかい!!

現在8時。「9時20分まで待合室で待て」と言われました。「チケット先に買いたいんだけど」と言っても英語が全く通じず「9時20分前に改札に来い」しか言われません。はあ

9時15分に改札に行き、両替したお金の100を出したら違うと言われ、10の方を出したら足りないと言われました。100の方はお釣り無いから無理と言われてもこの2種類しか持ってないんだけど。

料金は150,000のようです。だから先にチケット買いたいって言ったのに!
走って5分で空港に戻り、コーラを買って500,000まで崩しました(それより細かいのはないと空港でも言われた)が、それでも「お釣りがない」と。

えっ?!この電車に乗れなかったら次は2時間後?!

駅のおっちゃん、「もうタダで乗れ、早く行け!」と無料で改札を通してくれました。

イラン人も親切かも…そんなことを思いながら乗る朝の列車。
しばらくは地上を走り、初めて見る朝焼けのイランの景色に釘付け。
空港からの地下鉄は空いていて、私の他はイラン人のみ。

2駅目(と言っても距離的にかなり乗った)の駅で全員降りたので降り、他の乗客らについて行きます。乗り換えのようです。GoogleMAPでは鉄道やバスの経路までは出ないし、英語が通じないので路線図を見ながら頑張ります。

先頭と最後尾が女性専用車両みたい。

途中で地下に入り、2回乗り換えてホテル最寄りの駅に到着しました。
いつも通り、何回も乗り間違えて本当は4回乗り継ぎました。

もはや恒例。しかし苦労して目的地に辿り着くのは、ダンジョンをクリアした時に似た達成感があり楽しいのです。
これがホテル最寄りのBaharestan駅

Heritage Hostel(ホテル)

予約は先人たちもよく記載しているここ。
イランのホテルはアメリカの経済制裁のため、Booking.comなどの予約サイトに登録はなく、Hostel WoridTrip.com、もしくは直接ホテルのHPから予約することになります。
上記のサイトにも数軒しか登録がないため、必然的に旅人は最安値のここに集まることになると思われます。

駅から徒歩すぐですが、途中イラン人カップルに「Welcom to Iran!!」と言われ、ホテルまで案内してもらえました。これはホテルに見えないので助かる。
外国人観光客が少ないせいか、その後も歓迎ムードでよくイラン人に話し掛けられます。

女性専用ドミトリー、1泊7€。広くて窓もありいい感じです。
他の宿泊客は中国人とイラン人のみ。

14時からしかチェックイン出来ないとのことで、荷物をフロントに預けて外食しに行くことにします。
めちゃめちゃ眠いですが。
フロントは20代の人らがわいわいやっていて、オーナーではないのでルールが厳格です。

しかもフロントの女性らは英語ペラペラ、ヒジャブは被っていなく口ピアスなどしていて、失礼ながらイランの女性の法に縛られた暗いイメージが覆りました。
足元まである真っ黒衣装は年配の人だけです。若い人と年配の人らでかなりファッションや考え方に差があると思いました。

他にも「英語が通じない」「暦がペルシャ暦(イランでは現在1402年9月)」といった不安もありましたが、Google翻訳のペルシャ語をダウンロード、ペルシャ暦アプリをダウンロードで問題なさそうです。そもそもトルコも全然英語通じなかったし!

搭乗前に不安だった気持ちは全くなくなりました。女性ひとりで来ても全然大丈夫そうです。ネットの一方的な情報を鵜呑みにするのは考え物だとしみじみ感じさせられます。

それでは外出して来ます。

ラストトルコ、衝撃の中国式チェックアウトと世界遺産の2大モスク(2023.12.10~11)

2023.12.10(日)~11(月)
1トルコ・リラ≒5.1円、1ユーロ≒156円

衝撃の中国式(?)チェックアウト

おはようございます。
昨日は雨でしたが、同室の中国人女性2人組が朝チェックアウトしていきました。
出る時、他の3名の中国人と「淋しくなるね~」と騒ぎまくりです。ウルセー(;^ω^)

そして11時に2名が全荷物を持って出て行き、正午頃、ホテルの掃除係の人がシーツと枕カバーを交換してベッドメイキングを終えました。

私がお昼ご飯を食べにテラスに行き、14時頃部屋に戻ったら、チェックアウトしたと思っていた中国人の1名がベッドメイキング後のベッドで昼寝をしていて、もう1名は靴の中敷きを共用洗面所で洗っています。オートロック式のドアが半開きになっていたので私が閉めようとすると「閉めるなよ、絶対閉めるなよ。」と中国語でお願いしてきます。

雨だから延泊することにしたのかな??カードキー貰ってないのかな??

「OK」と了承し、ドミトリー部屋のドアをずっと半開きのままにしておいてあげました。洗濯が終わったもう1名もベッドメイキング後のベッドで昼寝し出します。
そして17時。2名共起きて、他の3名と大声でお喋りを始めました。ウルセー(;^ω^)
その声をホテルの人が聞きつけたのか、部屋にやって来て「あの・・・中国人2名はチェックアウトしたはずだから出て行って欲しいんだけど・・・(;^ω^)」と申し訳なさそうに言いました。

・・・
チェックアウト後、部屋に戻って来て洗濯&昼寝してたんかいっ

「分かった、あと5分!」そう叫びながら5人はお喋りを止めません。
結局30分以上してから荷物を背負って出て行きました。

これが中国式チェックアウト・・・衝撃でした
あれだけ周りを気にせず図太く生きていけたなら・・・羨ましい限りです。
因みに彼女らは20代前半の可愛い子ら。全員私に愛想よく挨拶してくるのでこの4日間全くムカつきませんでした。私はこの旅で「コミュニケーションをきちんと取っておけばそこまでムカつかれない。」ということを学んだ気がします。

ホテルの前の噴水。イスタンブール4日目にして初めての晴れです。今日こそはお目当ての世界遺産のモスク2つを見に行きます。

ブルーモスク(スルタン・アフメトモスク)

イスタンブールと言えばこれ。世界一美しいと言われる世界遺産のブルーモスク。そしてそこまで青くありません。ネットの写真は加工しているのでしょうか。
他のモスクは尖塔が4本なのに、なぜかここだけ6本なのは有名な話。

入場は無料、お祈りの時間は入れません。12時に全員追い出されるせいか11時半に来たら並ばず入れました。

並ばず入れても凄い人。12時に追い出されるまで美しいステンドグラスを堪能しました。

たぶんここに住んでる猫ちゃん。

アヤソフィア

昨日までの天気が嘘のようです。ブルーモスクの目の前にアヤソフィアがあります。

これが6世紀の建築技術とは。建物の壮大さ構造ともに奇跡とされ、ビザンツ建築の最高傑作。こちらは入れない時間帯はないですが、昼間はかなり並んでいたので夕方に再訪問しました。

ビザンチン帝国時代はローマカトリック大聖堂として機能。その後オスマン帝国の征服によってモスクに改装。さらにトルコ共和国の設立後は博物館に改装。2020年以降はモスクとして無料開放されています。改装だらけの歴史ですね。

教会とモスクのデザインが混じっています。

1923年にトルコ共和国が成立すると、初代大統領ケマル・アタチュルクの命により無宗教の博物館になりました。その時、漆喰をはがしてみると、ビザンツ美術の傑作であるモザイク壁画が次々と姿を現したそうです。
ここでもアタチュルクさんの偉業が。

Arasta Bazaar

ブルーモスクの東側にミニバザールがありました。他のバザールと違い空いていてほっとします。
このトルコのお菓子、保存期間も長く、美味しいんですよね~

試食させてもらいました。ピント・・・
ピスタチオが入っている生地をフルーツ果汁で出来たゼリーシートでくるんでいます。明日、飛行機搭乗でなければ買いたかった。没収されそうなので断念。

フレーバーティーコーナー。ザクロティーを試飲させてもらいましたが激ウマ〜白い粉類も検疫で引っ掛かりそうなので断念。なかなか高額でしたが。

店を追い出されるもしれーっとする猫。トルコは強面の男性もめちゃめちゃ猫を可愛がっていて微笑ましいです。

ガラタ橋名物、釣りおっちゃんたち

映えスポットだろうが気にせず座るトルコ人たち。

ガラタ橋まで来ました。日曜日なので両サイドとも釣りをするトルコ人おっちゃんでびっしりです。

こんなに釣れるんですね。楽しそう。

また橋の麓の魚市場に来ました。さっきの魚はこんな姿に。

名物のムール貝のご飯詰めを頼んでみたのですが、冷えていたのでイマイチ美味しくないです。

ボスポラス海峡クルーズ

魚市場の眼の前からクルーズ船が出ています。しかしクルーズは高いので、一般人の足であるフェリーでイスタンブールのアジア側へ行ってみたいと思います。「カラキョイからカドキョイ行き」とやらのチケットを40TLで購入。

30分置きに出航しているのですぐ乗れました。

15分位でイスタンブールのアジア側へ到着。

こっち側に別に用はなかったのですが、船で移動してみたかったのです。

帰りは鶏がいる食堂でチャイを飲んでから、地下鉄でイスタンブールのヨーロッパ側へ戻りました。地下鉄の方がだいぶ速いです。地下鉄駅は巨大カルフールがある場所になります。

Rodin Suites(ホテル)

最終日にホテルを変えてみました。新市街の方に宿泊するとどうなのか気分転換に。地図で見るとトラムの駅から大したことない距離だったのですが、凄い急な坂を20分登らないと到着せず、清潔感も昨日まで宿泊していたHanchi Hostelの方が遥かに上だったので大後悔です。レセプションの人らがとてもフレンドリーなのと安かったのは良かったですが。

イスティクラル通り

このエリアはめちゃめちゃ繁華街で、夜中も大勢の人で賑わっています。クラブやシーシャ屋さんも沢山あり騒がしい雰囲気。イスタンブールには様々な雰囲気のエリアがあることが知れたのは良かったです。

全ての路地がこんな感じ。寒いのに外でチャイを飲むトルコ人。

チャイは旧市街では5TLだったんですけど、こっちでは25TLでした。トルコのチャイは風味があって日本で飲むより美味しい。水か何かが違うんでしょうか。

ガラタ塔

次の日も晴天。ホテルをチェックアウトして荷物を預け出掛けます。ガラタ塔はお決まりの改装中。凄い垂直クレーンですね。

野良猫なのに座布団を与えられている猫たち。

エジプシャンバザール

日曜日は休みだったので、バザールに来てみました。

グランドバザールは貴金属類やカーペットが多かったのですが、こちらは食料品と香辛料がメインですね。外の通りは凄い活気。

宿泊していたイスティクラル通りに戻って来ました。ZARAやH&Mがあったのでジャケットとセーターを買い直しました。近頃、持って来ていた「ユニクロウルトラダウン」ではあまりにも寒いのと、鏡に映る自分の姿があまりにも貧乏くさそうに見えたので。ウルトラライトダウンは旅行中に緊急の寒さしのぎ用ですね。
ジャケットもセーターも4000円位。ジョージアよりだいぶ安いです。

トルコでいっぱいドルやユーロを下ろす

明日からクレカが使えない国へ行くので、ATMでドルとユーロを大量に下ろしたり、教会を見学したりしていたら夕方に。

トルコにもウズベキスタン同様ドルやユーロを降ろせるATMがあります。銀行併設のATM以外は残高ゼロでしたが。このYapi Kredi ATMで下ろしました。のちにエジプトでも闇両替で大量のドルが必要になったので下ろしていて良かったです。

最後にトルコアイスを試したかったのですが、手持ちの現金が足りなくなり断念。100TLだったのですが。このエリアは高いですね。

荷物をピックアップして空港へ向かいます。
今から女ひとりでイランへ。クレカ不使用、ネット規制、ペルシャ歴使用の国・・・不安な気持ちは沢山ありますが、どうしても美しいイラン建築が見たいのです。
いざペルシャの国へ行って来ます。

イスタンブールでドリフコントのハマム体験とサバサンド(2023.12.7~9)

2023.12.7(木)~9(土)
1トルコ・リラ≒5.1円、1ユーロ≒156円

昨日、酷い目に遭ったお陰で疲れが抜けきれない朝です。
女性専用ドミトリー6人部屋に宿泊しております。私以外は全員中国人の2名と3名のグループ。

5名の靴の脱ぎ方。傘はなぜか部屋のど真ん中。日本人の私が神経質過ぎるのでしょうか。

Hanchi Hostel(ホテル)

ここは、カッパドキアなどでシングルシェアしていたOさんがずっと宿泊している宿なので、さぞかし居心地がいいのだろうとここにしました。地下鉄の駅からは遠かったですが、アヤソフィアとブルーモスクは徒歩圏内。

しかも水回りや部屋は新しく綺麗、1階のこのスペースでの朝食付き1泊7€。結局6泊してしまいました。トルコはユーロ払い可です。

朝食は毎朝これとフランスパン食べ放題で、やはりジャムメイン。ゆで卵とトマトが美味しいので満足です。
ここでOさんと再会。アンカラで別れて以来ですが、お互いのこれまでの旅の報告が楽しいです。
私はもちろんバス置いてきぼり事件パムッカレおやじセクハラ事件を報告。クールな彼には珍しく興味津々に聞いてくれました。

ホテル目の前の通り。観光客向けのレストランが並びますが、1本道を入ると地元の人の安食堂で溢れていていい場所です。天気予報は本日から3日連続雨。寒すぎて何もする気がおきません。

これまでの溜まっていた洗濯をしに近所のコインランドリーへ。
洗濯30分、乾燥30分が50TLずつ。全部で500円。
10KGも入り、仕上がりがふわふわだったため全ての衣類とタオルをぶち込めば良かったです。入れすぎると乾かないかな?とタオル類は持って来なかったのを後悔。

ランドリーを待っている間、向かいのトルコ食堂へ。

お勧めを聞いたらこの砂肝とジャガイモのスープだそう。たったの40TL(200円)。右はチキンスープで炊いたひよこ豆の入ったご飯。パンは無料で付いてくるのですが、お米が食べたいのでこれでいいです。砂肝は味が薄かったですがチキンライスは激ウマでした。

イスタンブールのドリフコント★ハマムを体験

旅工房さんのHPより

イスタンブールのハイライト、ブルーモスクは晴れの日に行きたいので、この日はハマム(トルコの温泉スパ)に行ってみることに。こんな素敵な空間でこの6角形の石の上に寝そべってマッサージをしてもらえるそうです。

Oさんは既に近所のハマムに行ったそうなのですが、そこが改装工事中で、マッサージのおっさんが工事の人に指示を出しながら適当に撫でられただけで終わったそうです。なので一緒にリベンジしに行くことになりました。

Nişanca – Historical Turkish Bath & Sauna (Türk Hamamı)

GoogleMapで見て「地元の人が行く安価なハマム」と評価の高かったここにします。

中は広く、暇そうに煙草を吸っている従業員のお姉さんが2人。因みにトルコはめちゃめちゃ喫煙率が高いです。歩きながら男性も女性も吸いまくりで「服焦げるじゃねーか!」と何度叫びそうになったことか。

ガラの悪そうなお姉さんたちに「私たちはカップルじゃないの。男女別々でやってくれるよね?」と聞いたら「YES.」と。安心して温泉&サウナ350TL、泡マッサージ150TL、垢すり150TLのフルコースを頼みました。3000円越えの奮発です。

着替える個室。この布を体に巻いて洗い場に連れて行かれると、なんと。
確かに六角形の石の空間はあるのですが、石の向こう側に腰にタオルを巻いて裸で体を洗っているOさんの後ろ姿が。
「ちょっなんで男女一緒やねん(@_@。おかしいやんっ」
とお姉さんに伝えたのですが英語が通じません。こっちに気付いていないOさんの後ろを通って「ここに10分間いてね。」とサウナに連れて行かれたので、もう仕方なくそのままサウナに入ることに。

身体に布巻いてるし、これは水着と思ったら大丈夫、大丈夫(; ・`д・´)
そう自分に言い聞かせ、サウナにトルコ人男性が入って来ないことを祈り10分過ごす。

幸い誰も入って来ず、出たらお姉さんに別室に連れていかれて「石の上に寝ろ」と言われます。
そして垢すり手袋で身体を表と裏、2回ずつ軽く擦られ、不思議な布で泡立てた泡で2回撫でられた後、水栓の近くに座らされ、ドリフのコントのいかりや長介のように洗面器でバシャーンと頭からお湯をぶっかけられました。

息が出来ず、あぷっあぷっ(≧◇≦)と顔をこすっている間に、志村けんのようにシャンプーを雑に頭にぶっかけられ、また洗面器でお湯攻め。そして終了。
体に布を巻いた状態で外に出たら、トルコ人男性客もいました。この格好、見られました。なんですかこのハマムは。

会計は現金のみと言われ、100TL足りなかったので濡れた髪のまま100m先のATMで降ろしてきて支払いました。次の日は風邪をひきました。

だめだこりゃ。次いってみよー\(^o^)/

・・・二度とくるかボケっ

グランドバザール

酷いハマム体験でした。

次の日も雨なのでバザールに。トラムに乗って行ってみます。初日に買ったイスタンブールカードで乗れます。1回15TL。

宝石やじゅうたん屋さん。建物は素敵ですが観光客向けで高かったです、バザールなのに。

安食堂

宿の近所の安食堂。コーラも入れて90TL。チキンがほくほくで美味しかったです。チキンライスは昨日の勝ち。

サバサンドを食べに

イスタンブールと言えばサバサンド。トルコに入った時から待ってました、この時を。
夜はガラタ橋を渡って橋の向こう側へ。

Karakoy Fish House

サバサンドを売っている場所はガラタ橋の根本付近に沢山ありますが、この魚市場の前なら美味しいのでは?と訪問。

並んでいて炭火で焼いているのでめちゃめちゃ美味しそうです。
ラップ巻きタイプとパンに挟むタイプがあるようです。どちらも90~100TL。

うんま~炭の香りが移っていてめちゃ美味しいです。

別の日にこの向かいの店舗の方でパンタイプのサバサンドを食べたのですが、こっちの屋台の方がはるかに美味しゅうございました。

ガラタ橋を渡る

ガラタ橋の下のレストラン街を歩いて戻ると、細い釣り糸が垂れ下がりまくっていることに気付きました。
夜でも橋の上でおっちゃんらが魚を釣っているんですね。

リュステム・パシャ・ジャーミィ

橋を渡ったところにある有名でもないモスク。イスタンブールはそこら中にモスクに出くわすので、
頭に巻くスカーフを持ち歩いていて正解です。

3日連続雨でしたが明日は晴れそうです。しかし風雨が寒すぎて私の心は折れそうです。

こんなお菓子や栗の屋台が沢山ありますが、甘い物が苦手なので結局食べず。シロップたっぷりで虫歯になりそうな予感しかしません。

ザクロジュースだけは毎日飲みました。1杯170~200円位です。

3日目の夜はOさんが夜行バスでブルガリアに発つとのことで泣く泣く見送りました。彼は本当にスマート、紳士的で素敵な方でした。ブルガリアに一緒に行きたい位ですが、私はイラン行きの航空券を取ってしまっています。

明日からはまたひとり。最後に2大モスクを観光してからトルコを出ます。

セルチュクからイスタンブールへ。トルコのバスに置いて行かれる(2023.12.6)

2023.12.6(水)
1トルコ・リラ≒5.1円

おはようございます。セルチュクの朝です。

雨です、しかも寒い・・・。決定、もうエフェソス遺跡に行くのは止めました。
入場料が3,500円以上する上に、Googleの口コミ写真を見ても昨日行ったパムッカレの古代劇場と全く同じものがあったので。きっと同じ設計図で建てたのでしょう。
古代図書館とやらは見てみたかったですが、ギリシャに行くと似たものがあると思うのでその時にでも堪能しようかと。

La Bella Suit Otel(クシャダスのホテル)

クシャダスもドミトリーがなくてビジネスホテルをとったのですが、エレベーターは折れ戸が半開きのまま上の階や下の階へ移動します。手を出したら大惨事に・・・
あとエアコンの乾電池が切れていたのと、歯を磨く時に水道の水を口にしたら凄く変な味がしました。配管が腐っているのではないでしょうか。しかしほぼ最安値の2,200円なのでこんなものでしょう。

しかも朝食付きです。豪華でいっぱい♪\(^o^)/
・・・と思いよくよく見てみたら、半分がジャム・マーガリンで占めています。騙されないように。

おかずを全種類取るとこんな感じ。トルコの朝食。そろそろ日本食が食べたくなってきました( ;∀;)

クシャダス観光

せっかくなので、朝食後は近所のビューポイントがある丘へ登ってみます。

クシャダスはエーゲ海クルーズで人気の港町らしいです。

この天気じゃ全く伝わりません。夏は人気なのでしょう。
風が強く、傘が役に立たなくなってきたのでホテルに戻ります。

チェックアウトしてクシャダスのオトガルまで長い道を歩いて行きます。クシャダスに来た意味とは。
足の毛が毛深い鶏を見るためかもです。かわいいです。

クシャダス→イスタンブール

12時半。オトガルに着きました。即「今すぐバスが出るから早く買え!」とオトガル名物、バス会社のおっちゃんに捕まります。
ここから一気にイスタンブールまで行けるようなのでチケットを購入。600TL。到着時間を聞くと「pm8時半」と言われました。8時間で着くようです。(でたらめ、実際は11時間です。)

Varan社という初めてのバス会社。
他社のバスは12時半きっちりに出発したようですが、この会社のバスだけ35分になってもトロトロしていて出発していませんでした。そのおかげで私はギリギリ乗れたのですが。
このバスのいい加減さが後でアダに。

出発して30分ほどでエフェソス遺跡のあるセルチュクのオトガルを通り過ぎます。
あれはエフェソス(エフェス)考古学博物館でしょうか。やはり晴れてたら行きたかったかも。

イズミルのオトガル。
これまで乗ったトルコのバスはほぼ満席だったのですが、イスタンブール行きのこのバスは乗車率は半分もない位です。このバスか路線かどちらかが不人気なのでしょうか?
出発してすぐに配る、お菓子が入った箱が、バスが揺れたタイミングでバスの階段にガラガラガチャンと盛大にぶちまけられました。しかし、給仕の人はほったらかしです。
給仕の方、この寒いのに半袖Tシャツ・・・しかも子供にしか見えません。

お菓子とジュースの配給も、これまでのバスだと出発してすぐ配られ、停車駅の度にくれるのにイズミルで1回配られただけでした。
テーブルを倒したら前の人のコーヒーの粉でいっぱい、掃除していないようです。
あと1時間待って別のバス会社にした方が良かったでしょうか・・・一抹の不安が胸をよぎります。

これまでのバス会社の給仕さんは、Yシャツを着たおっちゃんが出発前に乗客リストを見て、各バス停で降りた人と乗ってくる人の点呼を取ってから出発していたのですが、このTシャツのガキンチョは点呼を取りません。それ、置いて行かれる人いるんじゃ・・・

イスタンブールに近づいてきました。到着すると言われた20時半はとっくに過ぎていて今21時半です。マルマラ海を渡る長い橋を越えます。

ゲブゼという町でバスに置いて行かれる

海を越えてすぐ、停車したゲブゼという町でほとんどの人が降りました。
バスの運転手は女性だったのですが、それが珍しいのか降りた数名の女性らが一緒にセルフィーを撮り始めました。順番待ちで長く停車しています。バスの横で今から煙草を吸いだしている乗客もいます。
まだまだ停車してそうなのでトイレに行くことにしました。運転手はセルフィー乗客たちに囲まれ、声が届きそうにないので声掛けは止めておきました。どうせ英語は通じないですし。

ほんの2分位目の前のトイレに行き、出てきたらオトガルがもぬけの殻です。

バスに置いていかれました。

は?!これまでのバス、点呼取ってましたよね?!
さっきまでバスの横に降りた乗客いっぱいいましたよね?!皆さんどこに?!

同じバス会社の次のバスに乗ることを考えましたが、そんなことをしていたらイスタンブール到着が深夜を過ぎます。宿にレセプションの人が居なくてチェックイン出来ないかも知れません。そして私の荷物を乗せたバスは全然知らない町へ出発してしまい永遠に見つからないかも・・・

心臓ばくばく。焦りまくってオトガルの向こう側の道路を探すと自分が乗っていたバスが走り去るのが見えました。待って、待って、私のスーツケース!
原っぱを横切って追いかければ捕まえられるかもしれません。

原っぱを横切り、大きな道路に出てバスを手を振りながら走って追いかけると停まってくれました。

別の会社のバスでした。

私の乗っていたバスは行ってしまいました。停めたバスの給仕の男性が降りて来てくれます。
「どこに行くんだ?」
「イスタンブール!」
「バスに乗りたいならまずあっちの建物でチケットを買うんだよ。」
「ちゃう!ちゃうんです!酷いんです!既にチケットは持っているのにトイレに行ってる間に置いて行かれたんです!」
「どこから来たの?」
「クシャダス!私の荷物どこーーー(ノД`)・゜・。」

相手はトルコ語、私は英語なのですが必死だと会話が成立します。
私のバスのチケットを見て給仕さんは全てを理解したようで「可哀そうに」という目で「落ち着け、落ち着け、このバスに乗りな。」とジェスチャーしてくれました。
もう3分の1も乗客が乗っていないので1人位追加で乗せても大丈夫なんでしょう。

無料でイスタンブール行きのバスに乗せてくれました。親切なバス会社の名前はKamilKoc社です。ありがとうKamilKoc社。トラブゾンからカッパドキアまでもこのバス会社でしたが、窓口のお姉さんは愛想いいし印象良かったんですよね。
次のオトガルで自分の乗っていた憎きバスに追いつけるかと思ったのですが、バス会社によって経路が違うようです。こんなKamilKoc社専用のバスターミナルに停車したりしたので追いつけません。

他社のバスでイスタンブールに到着

23時10分。イスタンブールに到着です。
20時半に到着すると言ったバス会社の窓口もいい加減です。乗ってきたKamilKoc社の給仕さんにお礼を言い「私が乗ってきた憎きVaran社はどこでしょうか?」と聞いて言われた方へ走ります。
イスタンブールのオトガルは、これまでのオトガルと全く構造が違います。
各バス会社ごとに建物が別れていてその前にそのバス会社のバスが停まるようです。

憎きVar●n社の窓口をやっと見つけました。伏字の意味ありますか。
降り口にも乗り口にも窓口があって、最初降り口の窓口に行ったら全く英語が通じずチケットを見せたら「こんなバス会社名の名前もないいい加減なチケットじゃ分からない。」といった感じのことを言われました。

いや、このチケット、あんたのバス会社のだから。なめてるんですか。
そう言えばチケット購入時、これまでは見せろと言われたパスポートが不要だったし、この紙切れのチケットだけ貰ったのも不安だったんですよね。

Google翻訳でトルコ語で「トイレ行ってる間に置いて行かれた、私のバスどこ?」と聞くとこの乗り場の方の建物へ行けと言われました。この待合室に忘れ物置き場があるようです。
「お前の荷物はこれだろ?」と全く違う布製のミニスーツケースを見せられました。私の他にも置いて行かれた人がいるのでしょうか。

絶望的です。私の荷物はどこへ行ったのでしょうか。
しかし置いて行かれてから2時間も経っていたので、半ば荷物は諦めていていました。
幸いスマホパスポートクレカが手元にあります。この3種の神器さえあれば他のモノは買い直せば困らなそうです。よくよく考えたらPC以外大したものは入っておらず、PCもクレカの保険で弁償されるでしょう。トルコ語で警察に紛失届をもらうのが面倒ですが。充電器と変換プラグだけ手持ちバッグに入れておけば良かったと後悔。

表にバスが2台表に停まっていたので自分の乗ってきたバスかもと見に行きました。荷物はありません。ふとバスに乗る前にバスの写真を撮っていたのを思い出し、運転手に写真を見せGoogle翻訳で「このバスに置いて行かれた、私のカバンどこ?」と聞きました。まぬけな私は、トイレから出てきた時に自分のバスがどれか分からなくなるので、いつも乗る前にバスの写真を撮っているんです。
すると給仕の方は感じのいい方で、窓口にいるお偉いさんっぽい人に説明してくれました。お偉いさんはどこかに電話をかけまくっています。どうやら写真のナンバーの車が今どこにいるのか問い合わせてくれているようです。
その後、お偉いさんには優しく笑いながら「ここに座っていろ。」とゼスチャーしてくれました。

荷物がどうなっているのか説明してくれなかったので不安でしたが、ゼスチャー通り座っていたら30分後に私が乗っていたバスが到着しました。先に出発していたくせにどこに行っていたのですか。乗客は1人も乗っていなかったので降ろしたところでずっと停車していたのかも知れません。
この方が給仕さんです。明らかに他の給仕さんと服装が違っていて子供のバイトかと思ったのですが。
置いて行ったことを詫びるでも悪そうにするでもなく、普通に「はいっ」とスーツケースを渡されました。どうせ英語は通じないし文句を言うのを諦めました。きっとトルコでは迂闊にバスに乗り遅れた方が悪いのでしょう。

無事、スーツケース回収。本当に心からほっとした瞬間でした。
23時50分。お偉いさんにお礼を言って急いで地下鉄の駅へ向かいます。

イスタンブールのオトガルから市内へ移動

ホテルは先にイスタンブールに行っていたカッパドキアまでの同行者と同じホテルを予約しています。
旧市街にあり、ここから地下鉄で20分&徒歩20分の場所にあるようです。

地下鉄の券売機の表示は、ぼーっと読んでいるとすぐ最初の画面に戻ります。お陰でどのチケットを購入していいやら訳が分からず4台全ての券売機で購入を試していたら「終電が近いのに一体お前は何をやっているんだ。」と呆れ顔で駅員が3回券を購入してくれました。やはりトルコ人は親切です。

時刻表を見たら終電2本前でした。
ギリギリセーフで無事スーツケースを回収出来、ホテル最寄りの駅に到着しました。

ここからスーツケースを引きずってホテルまで20分歩きます。トルコにもタクシー配車アプリはあるのですがトルコの電話番号を登録しないと使えず、SIMカードを持っていない私は歩くしかないのです。

今日は色々ありすぎました。結果オーライでしたが「たった1,2分だけ」とトイレに行ったのが痛恨のミスです。全身が疲労困憊です。
ホテルに1時にチェックインし、ベッドに倒れ込んで泥のように眠りにつきました。

世界遺産のパムッカレ石灰華段丘とヒエラポリス遺跡、列車でパムッカレからセルチュクへ移動(2023.12.5)

2023.12.5(火)
1トルコ・リラ≒5.1円

痛い、痛い、頭が痛い(´;ω;`)
何度やっても学習しません。昨日ワインを飲み・・・いや飲まされ過ぎて酷い頭痛です。

パムッカレの朝

吐き気と共に起きて窓から見えた景色。

気球がちょうど登っていくところです。なんて素敵な景色なのにゲロ吐きそうなんでしょうか、私は。気球の数はカッパドキアの方が圧倒的に多いのであっちで乗った方が満足度が高そうです。

このホステルは朝食付き。昨日のキョフテに続きいとこの若い男性が作ってくれました。
私しか宿泊していないのでひとりで食べます。淋しい・・・
この後イスタンブールでも全く同じような朝食だったので、これが一般的なトルコの朝食なのでしょう。パンがふかふかで美味しかったです。

本日は晴れています。冬は雨や曇りの日が多いので天気に合わせてパムッカレにやって来ました。
マネージャーのマリオは昨晩「明日パムッカレの入口まで送ってあげる。」とか言っていたのに今朝は姿が見えません。口だけ・・・どこの国も男性は同じですね、ゲンキンな奴です。

町はとても小さいのでどこのホテルに泊まってもすぐ歩けます。中心地に来たらマリオが友人らとチャイを飲んでいました。トルコ人男性はよく店先で昼間ずっと煙草を吸いながらチャイを飲んでいますが仕事はしないんでしょうか。
マリオが私を見つけ、パムッカレ入場の入口まで原付で送ってくれました。優しいです、ゲンキンな奴とか言ってごめんなさい。そして毎回私はノーヘルですがその辺も厳しくないんですね。

世界遺産のパムッカレ石灰華段丘

入場料、驚異の700TL(3,500円)です。
ここから車で移動して行けるネクロポリス入場料を含むものは1000TLでした。ぼ、ぼったくり・・・

入口から歩いて見えてきました。石灰棚です。
炭酸カルシウムを含んだ地下水が地熱で温められて地表に湧き出て温泉となり、その温泉水が山肌を流れ落ち冷えて固まったのがこの石灰棚だそう。スキー場に見えて変な感じ。

左に見えるのは・・・昨日マリオが夜にアヒルを起こしまくった池ですね。

世界遺産の石灰棚。保護の観点から靴を脱いで裸足で歩かないといけません。靴を入れる袋を持って来ていて良かった。波形に固まっているのでなるべく隆起が少ないところを選んで歩かないといたた、いたた。初めての感触で楽しいです。

歩いていい所は決まっているようです。
登って右のこの棚を上がっていたら見張りの人に怒られました。

左の方へ歩いていくとこんな感じです。
あれ・・・ガイドブックなどで見る写真と全然違う・・・

フリー素材からお借りしました。
昔はこんなだったようですが。
ツアー会社のHPにこの写真を載せているところは詐欺で訴えられるかもしれません。

一気に有名になり観光客が増え、破壊が進んでいるそうです。観光地化され、ホテルなどが温泉を引きまくったら水も枯渇して昔のような姿は見れないそう。
今あるお湯は政府が管理して少しずつ流しています。

石灰棚は冷たいのでずっと歩いていると足がめちゃめちゃ冷えます。
温泉が流れている溝は少し暖かいのでそこを歩いて登ります。

上の方まで登ってきました。少しお湯があります。

1番上の棚はツアー客で溢れかえりまくり。赤鬼みたいな人もいますね。
上に行けば行く程お湯の温度が上がるので、ここが浸かっていて一番気持ちいいです。
夏に来たら水着で浸かってもいいようです。そんなことしてるから世界遺産が破壊されるのですが。
いつかここも他の世界遺産同様に入れなくなるかもですね。

なぜ同じ方向で寝る?

頂上には何かの遺跡。

あそこの段々がフリー素材の場所でしょうか。今はお湯が枯渇していて入れなくなっています。
温泉を引いたせいでこんな姿になるなんて自然破壊のいい例ですね、皮肉なものです。

ヒエラポリス博物館

北東へ歩いて行くと博物館が。

入れるのはこれだけ。ヒエラポリス遺跡からの出土品の数々。石棺だらけです。
ローマ帝国支配下の紀元前190年にペルガモン王国のエウメネス2世によって建設された都市・・・ということは日本が弥生時代位でしょうか。凄い文明ですね。

Cleopatra Antique Pools

更に進むと温水プールがありました。入るのは別料金、見るだけなら無料、ここに無料トイレもあります。

中には崩れた遺跡がそのまま放置されています。1300年代の地震で滅びたらしいのでその時のものでしょうか。
ローマ時代の遺跡の中で泳ぐってロマンがありますね。水着を持ってきても良かったかもしれません。

ヒエラポリス古代劇場

プールから更に急な丘を登って行きます。地震で壊滅して打ち捨てられた古代に栄えた街の跡です。地震の災害ってやはり凄い影響力ですね。

ヒエラポリス古代劇場が見えてきました。
想像していたものよりはるかに上回る大きさで、凄い迫力です。ちょっと感動。
そしてここにはなぜ誰もいないのでしょうか。

にゃんこもローマ時代の遺跡を堪能しております。トルコにはのら猫が沢山いて町中の人が食事をあげて大変可愛がっています。(イスラム教の預言者ムハンマドが猫好きだったため。)
しかし遺跡にいる猫ちゃんは何を食べて生活しているのでしょうか。

柵があるところまで降りてみました。落ちて亡くなった人もいたのでは・・・という位急で怖いです。
最盛期には収容人数が10,000人を超えたそうです。
ここで何が演じられていたのでしょうか。南米みたいに生贄の儀式とかだったら嫌なのですが。違いそうですね。

ヒエラポリス周囲の遺跡

更に北西の方に遺跡がいっぱい見えるので登っていってみます。
ここまでは誰も歩いて来ないようで独り占めです。

というか、淋しい・・・誰か来て。
地震で滅びた遺跡にカラスと二人きりというのが寂しいです。

戻りましょうか。
この橋も麓に建物があったようなのですが。地震で潰れたようです。

来たのと同じ道を歩いて帰りました。本当に雪山に見えます。あっパラグライダー。

石灰棚は噂に聞いていた通り今は黒い部分が多くなってしまっていますが、へんな足の裏の感触を楽しみながら登れて楽しかったです。そこから上の遺跡群は、急な上り坂のせいか人がほぼおらず「遺跡と孤独」というシチュエーションを堪能出来ました。
がっかりスポットとか言われていますが、私も行っていない小さな遺跡はまだまだ沢山あり1日中楽しめそうです。

パムッカレから列車でセルチュク、クシャダスへ移動

15時、預けていた荷物をピックアップしにホテルへ戻ります。
途中原付に乗ったマリオに会い、ちゃんとお別れの挨拶が出来ました。とても優しそうで淋しそうな最後の挨拶が印象的でした。というか、宿まで原付で送ってくれへんのかいっ(; ・`д・´)

そんな訳で歩いてホテルに戻り、スーツケースをゴロゴロ引いて町中まで来ました。
始発のミニバスに乗って座りたいので。

デニズリ行きのミニバスが始発かと思って来たのですが、その辺のおっちゃんに聞くとパムッカレが始発ではないようです。
屋根があるポイントで待って、どこか遠くから来たデニズリ行きのミニバスを停めて乗るので、ホテル前で停めれば良かったです。20分に1本位はありそう、スーツケース移動は無駄な労力でした。

デニズリの鉄道駅

16時前。デニズリの街に戻って来ました。オトガルの向かいに鉄道の駅があるのですが、利用客が少なく寂れています。
パッと見、これが鉄道駅なんて分からない感じ。いや、絶対分からないでしょう。

私はマリオに「鉄道の方が圧倒的に安い。」と言われて鉄道移動にしたのですが・・・
本数が少なすぎてまぁそりゃバスの方が便利ですね。バスは各町に1時間に1本は出てますから。

今夜の夜行でイスタンブールまで行けないかと駅員に聞いたのですが、朝9時45分発の1本のみ。
18時11分にエスキシェルに到着してそこでイスタンブール行きの列車に乗り換えるそうです。

明日の朝の列車に乗るためだけにデニズリに宿泊するのもダルいので、16時20分発の列車でエフェス遺跡があるセルチュク行きの列車があったのでそのチケットを購入しました。
セルチュクはホテル代が高く、近くのクシャダスという海近郊の町に宿泊するのがベター。」という記事をネットで見たので、駅員に「クシャダス行きをくれ。」と伝えました。125TL(625円)、バスよりかなり安いです。

自由席です。コンセントもありリクライニングも出来、座席の間隔が広くトイレもありかなり快適です。バスより移動時間が長いから利用者が少ないのでしょうか。

本日の夜ごはん。列車内に売りにきたトルコあるあるパンです。

なんと。列車はクシャダスまでは通っていないようです。チケットをよくよく見るとÇamlık駅というクシャダスの最寄り駅で降りることになっているようです。最寄りと言ってもGoogleMapを見ると車で30分はかかりそうです。
デニズリのチケット売り場の駅員は2名いて、英語が話せない方の男性の駅員からチケットを購入したら説明が全くありませんでした。Çamlık駅に到着したものの、無人駅だし誰も降りないし、タクシーの気配すらもなかったので、夜にあんな所で降りたら野宿確定。と思い、もう1つ先のセルチュク駅で降りました。

鉄道のセルチュク駅

もう20時。セルチュクまで乗るんだったらセルチュクにホテルを取れば良かったです。最安値でも5千円近くしますが。英語が話せる方の女性の駅員さんからチケットを購入してたらなぁと後悔です。

駅前でもう「エフェス遺跡」感満載。もうこれで行ったことにしましょうか。

ここからオトガルまで5分位歩き、ミニバスで列車の中で予約したホテルのあるクシャダスまで移動します。ちょうど目の前で出るところでついてました。30分以上乗って40TL。

La Bella Suit Otel(クシャダスのホテル)

ミニバスはオトガルに停車すると思っていたのでオトガルから徒歩15分位のところのホテルを予約したのですが、全然違う場所で降ろされましたww
これも旅あるあるでしょうか。今は楽しめない位、疲労困憊なのですが。

計画が狂いまくりで凄い急な坂を25分登って辿り着いたホテルです。

ドミがなかったのでビジネスホテルです。綺麗なベッドルームとリビングもあり2280円。
いや、もう22時で寝るだけですが。

クシャダスはエフェス遺跡への拠点の町。かなり坂を登ったので夜景が綺麗です。

明日は有名なエフェス遺跡に行くつもりでここまで来ましたが、明日の天気が雨なのと観光と移動疲れで急速に行く気を失ってきています。二日酔いの頭痛はやっと治まってきました。
おやすみなさい。

アンタルヤからパムッカレへ移動、トルコおやじのセクハラ洗礼を受ける(2023.12.4)

2023.12.4(月)
1トルコ・リラ≒5.1円

晴れている午前中に暖かかったアンカラ観光が出来ました。
チェックアウト時間の11時ちょうどにホステルを出て、アンカラからパムッカレへ向かいます。

アンカラからパムッカレへ移動

アンカラカードでトラムに乗っていつも通りオトガルでチケットを購入。200TL(1,050円)。ここに来るのと同じ4時間なのに料金が全然違うので距離と金額が比例しているわけではなさそうです。
11時半のバスにちょうど乗れました。

オトガルに入ると案内係の方に今回はこのバス会社に連れて行かれました。トルコはバス会社が多くて全部制覇するのは無理そうです。

そしてこの左の方が給仕係。このようにどのバスにも出発してすぐお茶やお菓子を配り、休憩の度に点呼を取って下さる方がいます。各町で途中下車したり乗車してくる方がいるので、ちゃんと予約表を見ながら取り残されている人がいないかチェックして下さるのです。(しかしその後、イスタンブールでこんなちゃんとした服装でない給仕係のバスに当たり、酷い目に合うことになるとはこの時は露知らず。)

このおっちゃんは愛想も良く親切で、もの欲しそうにしていたらお菓子を2つくれました。バス会社の印象は給仕係の人の印象が大きいです。

15時半、パムッカレ直通のバスはなく、一度デニズリで降りてミニバスに乗り換えないといけません。ミニバス乗り場が分からず1度外に出てタクシー乗り場まで行ってしまいましたが、地下でした。

めちゃめちゃ沢山のミニバスが停まっています。76番ホームと言われ乗ると、一瞬で満席になりパムッカレへ出発しました。ミニバスは24TL(120円)と破格の金額です。

パムッカレに到着

パムッカレの町に到着。ミニバスだったので自分が予約したホテルの近くで降ろしてもらいました。

パムッカレのホテル

えーっと。色々あり今回はホテル名は伏せておきます。パムッカレにはドミトリーがなく、他のシングルルームもいい評価のものが少なかったので奮発してシングル2800円のホテルを予約しました。

トルコはBooking.comと仲が悪く、トルコ国内のWi-FiからBooking.comで予約は出来ないのですが、楽天SIMやeSIM、もしくはVPNで他国のサーバを経由すれば予約出来ます。私はAirAloのeSIMを購入していたので予約出来ました。

到着したら、ホテルのマネージャーのマリオ(あだ名)に明日の気球ツアーやパラグライダーに熱心に勧誘されました。パラグライダーは5000円位だったので日本でやるより安くてお得かもしれません。
寒いので断りましたが。
マリオのいとこの受付の若い男性はその勧誘の仕方を嫌そうに見ていて、私をすぐに部屋に案内してくれました。

トルコで初めてのシングルです。
やっと一人になれます。部屋で思う存分荷物を広げ、着替えも出来、音を出したり夜中にいきなり起きたり出来ます。これだけメリットが多いのに何故私はこれまでドミにばかり宿泊していたのでしょうか。
今日はここで思う存分ゆっくりしたいです。

水回りも広く清潔です。暖房がエアコンでなくガスヒーターが良かったですがGoogleMapで評価★5の宿だけあります。

ホテルの夕食

19時。マリオにツアーに勧誘された後に「パムッカレは観光地だからレストランが凄く高いんだよ。うちで夕食を食べたらたったの250TLだよ。いとこが作るよ。」と言われ、立て続けにツアーを断ったので悪く思いOKしてしまいました。
決して「パムッカレはワインでも有名なんだ。地元のワインもあるよ。」と言われたからではありません。

てっきりホテルに宿泊している人たちと皆で夜ごはん(^^♪
と思っていたら、マリオと二人きりでワインを飲むはめになりました。なんと。
季節外れのパムッカレ、本日ここに宿泊している客は私だけだそう。

いとこさんが作ってくれた夕食。キョフテという肉団子はトルコの名物料理のようです。
バスターミナルでも作っているところを見たら、冷凍のものを鉄板で焼いていただけだったのですがこれは作ってくれたのでしょうか。
そして次の日、町をあるいてレストランのメニューを見たら100TL位のメニューがいっぱいあり、パムッカレのレストランが高いということはなかったです。250TL払ってしまいました。しばいたろか、マリオ。

マリオに連れまわされる

マリオと2人でワインを飲んでいたので当然お互いの身の上話に。私より10歳年下の未亡人だそうです。そしてお決まりの(?)口説き文句です。ああ、もっとマネージャーとの距離が遠いホテルにするんだった
そして食後に「俺の町を見せたいんだ。」と言われ、断ったものの「小さい町だからすぐ終わる。」と連れて行かれることに。

なぜか原付の後ろに乗せられ、マリオの友人がやっているホテルのバーに連れてこられました。
日本語のナンバープレートがあります。ここでも赤ワインをたんまり飲ませれました。

マリオにじゃれつく犬。
トルコ人男性って皆こんな感じの体形に、ヒゲで髪の毛の剃りこみ部分が薄く・・・いやチンチクリンの日本人が人のこと言うなですね。

バーを後にして、パムッカレの石灰棚のふもとにある池に連れて来られました。
ライトアップが幻想的です。

そしてマリオが「ゲコーっゲコーっ」と変な声を出すと・・・

向こうの島で眠っていたアヒルたちが目を覚まし、一斉に寄って来ました。

「いつも餌をあげているから、この声を出すと寄ってくるんだ。」と言うのですが、今は夜だし起こして可哀そうなんじゃ・・・餌も持ってないですし。
しかし幻想的で可愛い姿を見れました。

次はマリオの友人宅に連れて来られました。親友の家で本日は奥様の誕生日だそうです。
いや、それって迷惑じゃ・・・

かわいいお子様が3人いて騒ぎまくっていました。
私の姿まで描いてくれてありがとう。こちらの子供は0時を過ぎて起きているのは普通なんでしょうか。それで海外の人らは11時を過ぎても誰も起きてこないのでしょうか。

ふと時計を見ると0時を過ぎていました。ホテルでゆっくりしたかったのに、こんな時間に。
奥様、自分の誕生日に突然知らない人が家に来て迷惑だっただろうなぁ・・・しかも酔っ払い2名(;^ω^)

私が「帰ろう。」と促し原付でホテルに戻って来ました。
プールサイドでマリオに口説かれましたが「はいはい、おやすみ!」とかわして部屋に戻り、化粧をしたまますぐに寝てしまいました。またもワインを飲み過ぎです。
マリオが未亡人で寂しいのは同情しますが、もう男性とそういうの求めてないんですよね、海外でも国内でも。

明日は念願のパムッカレ石灰棚に登ります。

コンヤからアンタルヤへ移動、暖かいアンタルヤにはもっといたかった(2023.12.3~4)

2023.12.3(日)
1トルコ・リラ≒5.1円

おはようございます。コンヤを出発します。

同室のロシア人のおば様とはすっかり仲良くなり
「アンタルヤに行ったら絶対この魚のホルマリン漬け博物館に行ってね!近くにおもちゃ博物館もあるわ。とてもアメージングだから。」
と延々魚の標本の写真とセルフィーを見せられました。
全く興味ないですが覚えておきます。彼女は旦那さんがトルコ人でトルコ在住だそうです。

コンヤ→アンタルヤ

9時チェックアウト。帰りは来たのと逆の行き方です。
オトガル(長距離バスターミナル)行きのトラムのNoがGoogleMapでは全然違う番号で出てきますが、トルコ人は切符売り場のおっちゃんも通りすがりの人も、キョロキョロしていたらすぐに懇切丁寧に行き方を教えてくれます。トラムは9TL。
ホテルや観光レストラン以外ほとんど英語は通じませんが「オトガル!」と叫べばそこに行けてオトガルから様々な土地へ移動出来、ぼったくりもないのでトルコは旅の難易度はかなり低いです。

トラムでオトガルに到着。
10時発、アンタルヤ行きのバスは4時間で380TL(1,930円)でした。これまでよりちょっと高めです。

バス内で食べるいつものジュースと何層にも焼いた何かのパン。見た目的に甘いパイ系と思っていたら味のないネギ入りパンでちょっとがっかりでした。

14時、アンタルヤのオトガルに到着。

抜かりなく明日のパムッカレ行きのバスの時間と料金を聞きます。
トルコの長距離移動は、バス会社はたくさんあるし、だいたい1時間置きに頻発しているので聞くまでもないようです。

アンタルヤ、だいぶ南下してきたからかすごく暖かいです。ここにずっといたいです。
でも次の目的地、パムッカレが晴れなのが明後日だけなので、明日にはもうパムッカレに向かいます。
なのでここに1泊しかできないのです。

アンタルヤのバスターミナルから市内への移動

アンタルヤのバスターミナルから市内中心部へはトラムで行けるようです。バス停を出て左の方へ歩いて行くとこんな長い地下道が。

最後に辿りついた場所で「アンタルヤカード」の券売機があります。
料金体系がよく分かりませんがカード代とチャージ代合わせて40TL(200円)を支払ってカードを手に入れました。50TL札を入れるとお釣りが全部コインで返却されてきて、財布が重くなってしょうがありません。

ホテルの近くで無事降りれました。乗る時に地下だったので「地下鉄に乗った」と思ったのですが、すぐに地上に出てトラムでした。

かなりトラムが発達しているようです。

Be Bold Hostel(ホテル)

ほぼ観光が出来ないので、観光名所ど真ん中辺りにホテルを取ってみました。女性専用4人部屋、少しお高めの11.7€(1,864円)です。トルコのホテルや観光地は普通にユーロ€払いも出来ます。

新しくて綺麗、窓も大きく廊下にバスルームが2か所付いている他に各部屋にもバスルームがあります。
トルコ人のおば様と2人っきりで快適。お値段だけあり大満足です。

しかし半地下のキッチンは綺麗ですがパリピな若者たちが大騒ぎで本日の夜ご飯を作っています。
高めのドミにしたので民度が高い人しかいないと思ったのですが・・・海沿いはやはりパリピが集まるようです。

アンタルヤ散策

旧市街を歩いて・・・

海まで来ましたが、本日は曇りで写真映えしません。

ジューススタンドがいっぱいあったのでザクロジュースを小さいサイズ30TLで頼んでみました。
目の前でザクロを絞ってくれ、ビタミンをたっぷり摂取しているのが実感出来る程身体に染み渡る美味しさです。ウズベキスタンのバザールで飲んだペットボトル入りのやつはかなり水っぽかったのですが、こちらは濃縮された100%ザクロです。この後も見かける度に飲んでしまいました。

ロクムという砂糖とデンプンとナッツを混ぜて作るトルコの伝統的お菓子です。
棒状で何ヶ月も腐らないらしいです。試食させてもらいましたが、かなり美味しいです。
ウズベキスタンのハルヴァみたいなものかと思っていたのですが、断然こちらの方が美味しいです。さすがトルコって感じですね。見た目も美しいです。

海を眺めていたら夜になってしまいました。

イスラム教の国では珍しいクリスマスツリーです。キリスト教国のジョージアではかなり見掛けたのにトルコに入ってからはこれが初めて。アジア料理のお店なので何でもありなんでしょう。

Çıtır Balık(魚料理レストラン)

海が近いので、GoogleMapでかなり人気そうな魚のサンドイッチのお店に来てみました。

めちゃめちゃ並んでいますが回転率は速そうです。注文と会計を先にして、席が空いたら座るシステムです。

そしてサラダは食べ放題です。

それでこのお値段は安いですよね。どれが何の魚か分かりませんがGoogle翻訳で鯛を頼んでみます。

久々の野菜サラダなのでたっぷり取りました。おかわりも自由です。
トルコはお酒が置いてあるのは高級店だけなので泣く泣くいつもコーラです。
大変美味しかったですが、座席が狭い、騒がし過ぎで落ち着かなかったのでテイクアウトにして宿でビールと食せば良かったです。

アンタルヤはまだテラスに出れるぐらい暖かいのです。
なので、パリピ共が一晩中大音量で音楽をかけ、ゲラゲラ大騒ぎをしています。
さすがに夜中12時を過ぎると誰かが注意したようでやっと静かになりました。はぁ。


2023.12.4(月)
おはようございます。

パリピどもが夢の跡。

今日は午前中は晴れているようです。今のうちにアンタルヤを観光します。

ホステル目の前のハドリアスゲート
歴史的な凱旋門だと思うのですが野ざらしで普通に通ったり触れます。いいんでしょうか。

旧市街も昨日よりずっとかわいく感じ、歩いていて楽しいです。

狭いのであっと言う間にHidirlik Towerに来ました。

昨日も来た海辺です。あぁもっとここにいてカフェやレストランに入りたかった。

ホテルの近くまで戻って来ました。

Sehzade Korkut Mosque
観光地ではないようで、おっちゃんが床のど真ん中で大の字で寝ていました。
歩いているといつモスクに遭遇するか分からないので、常に頭に被るスカーフを持ち歩いていて良かったです。

さて、お昼になったのでチェックアウトをし、そろそろバスでパムッカレへ向かいます。

あ・・・コンヤの同じ宿のおば様が勧めてくれた、港のふもとにあった魚のホルマリン漬け博物館おもちゃ博物館に行くのをすっかり忘れていました。

コンヤ、メヴレヴィー教団のセマーダンスに魅せられて(2023.12.2)

2023.12.2(土)
1トルコ・リラ≒5.1円

クルクル回るセマーダンスの19時までコンヤの町を観光します。

激うまティリットのお店から西へ、西へ。誰も歩いていなくて不安な道ですが。

ここはお墓にある建物。タイルが綺麗ですね。中には入れません。

Panorama Konya Müzesi(パノラマ博物館)

ここが入場料たった10TLの博物館。コンヤは安いです。

目的の博物館の横にある建物も無料っぽかったので入ってみました。無料です、市民会館でしょうか?

パノラマ博物館に入ってみました。入口の男性は日本人だと言うと喜んでくれました。
さっきみたミニチュアのメヴラーナ博物館があります。
他の周囲もモスクだらけなのでが同じデザインばかり。

奥の建物は博物館になっていました。たいした物は展示していなく、2階へ上がります。ここがパノラマだったんですね。360度コンヤの風景と安っぽい造花が飾られています。

あれが魅惑のセマーダンスですよね。くるくる回って酩酊しているお兄さん。
それって酔ってるんじゃ・・・今夜見れるのが楽しみです。

Konya Archeological Museum(無料博物館)

歩いてホステルまで帰っているといくつも無料のミニ博物館があることに気付きました。入ってみます。入口のおじさまに16時半で閉まるから早く入れと言われました。トルコ語なのですがゼスチャーと雰囲気で意思疎通は出来ます。

棺?説明なし。

お、お前は大丈夫・・・?!ヒッタイトの強さの象徴のライオンなのでは・・・

ここも無料ですが改装中で入れないところも多かったです。

ホステルに戻って来ました。誰かチェックインしてくるかと思っていたのに私ひとりです。
孤独、孤独・・・。
ベッドの上の段から下の段に移りたいので、下の段は昨日のロシア人の忘れ物なのか汚いTシャツとタオルが忘れ物で置いてますが移動することにします。

セマー(宗教行為の踊り)見学

Mevlana Cultural Centerに19時に合わせてホステルを出ました。
いえ、ホステル前の駅からトラムに乗ったら、番号によって色んな方向に行くみたいで全然違うところへ行っていたので途中下車して走って向かっています。
GoogleMapで経路が出るのですがトラムに表示されている番号と全然一致していません。

Mevlana Cultural Centerに着きました。15分遅れです。
見学はちょっと前まで無料だったのに100TLです。

セマーとは
メヴレヴィー教団のスカートをはいた信者が音楽にあわせて、くるくると回転しながら踊る神との一体化を図る祈りの舞踊。しかしアタチュルク指導のトルコ革命により「脱イスラム政策」の一環として、霊廟は破却され教団は解散させられた。
その後伝統舞踊として復活し無形文化遺産に登録される。ここで踊る人は教団の人ではなく伝統舞踊を引き継ぐ人。

うわっっ(; ・`д・´)
入った瞬間に怪しいトランス的な雰囲気の音楽が生演奏。
そこに黒マントを来たおじさまたちがずっと弧を描いてゆっくりと足を引きずりながら歩いています。
こ、これは怪し過ぎる、悪魔の儀式ですか。

私が来るまでの15分もずっとこんな感じでおっさんが歩いているだけだったのでしょうか・・・
座席は3分の1位しか埋まっていません。

19時20分辺りから黒マントを脱ぎだし、ひとりひとり次々と回り出します。
おっさんが白いワンピースです。

そしてついにおっさん全員が両手を空に広げて旋回ダンス、セマーーーッ!!
全員が回ると凄い迫力です。これは絶対目が回ります。そりゃ目が回ってトランス状態になり宇宙と会話出来るというのも頷けます。

その後、次々踊る人が順番に減っていったりまた増えたりを繰り返すこと40分。
演奏も生演奏で迫力があります。
昼間、博物館で解説を読みましたが、このダンスを踊れるようになるまで先輩の食事の給仕をしたりといった修行を詰んで3年後にやっと踊ることを許されるんですよね。

セマー動画公開

音楽と一緒じゃないとこの怪しさは伝わらないと思い動画編集方法を勉強してアップしてみました。
どうでしょうか。

とても見ごたえのある45分でした。
これはかなり楽しかったです。もしかして気球よりも楽しかったかも・・・
私もあの不思議なダンスを踊る人たちの中に入ったら、神と会話出来るのでしょうか。

帰りは1方向のみなのでちゃんとトラムで帰れました。
コンヤ、急になんとなく来た町ですがたまたまセマーが見れる土曜日に重なってラッキーでした。

ホステルに戻るとオーストラリア人とフランス人が部屋にチェックインしてきていて「土曜日しかやっていないセマーを見て来た。」と言うと週に1度しかないのに見逃したと悔しがっておりました。
チェックアウトしたと思っていたロシア人のおばさまも戻ってきていて
「大変なの!!私の大事なTシャツとタオルが失くなって、ホテルの掃除の人に聞いても知らないって言うのよーーー絶対捨てたんだわっ( ;∀;)」
と慌てていらっしゃったので、ゴミと思って窓の横によけておいたのを「これかしら?」と教えてあげたら喜んでいました、私がよけたのは秘密です。

また女性4名に増えてほっとしました。やはりドミはこうでなくては。オーストラリア人の英語の速さにはついていけませんが。
明日はアンタルヤへ移動します。

アンカラからコンヤへ移動、メヴレヴィー教団の総本山へ。ティリットに舌鼓(2023.12.1~2)

2023.12.1(金)
1トルコ・リラ≒5.1円

アンカラからコンヤへ

今日パムッカレに行っても雨だし宿は高いし・・・なので3日後の晴れの日を狙って小刻みにパムッカレに移動します。
なんとなく地図を見て、人が集まってそうなコンヤという町へ。
全く未調査・未知の場所へいきなり行くことを決めました。

トルコのオトガル(バスターミナル)は入るといつも即行おっちゃんに捕まり、行先を聞かれ、バスチケットカウンターに連れていかれます。
最初はチップやコミッションを取られるのではないかとビビっていましたが、チケット代はどこも同じでした。あの人はオトガルに配置されている案内係なのでしょうか?それともただの親切なトルコ人なのか・・・

勝手に連れていかれたバス会社。意図せず毎回違うバスに乗ることになりました。200TL。

トルコのフルーツ缶ジュースにはまり、移動中は毎回これです。
右はバス内で配られるいつものフルーツケーキと紅茶。

3時間半でコンヤに到着。この距離だとだいぶ体が楽です。

コンヤのバスターミナルから市内への移動

バスターミナルから市内は離れていますが、トラムとやらで30分位で行けるようです。
左奥の小さい窓口に人がいて、そこでカードを購入。あんな狭いところに入ってストレスが溜まらないのでしょうか。しかし窓口のおっちゃんはびっくりする程親切です。
コンヤコードというものをくれました。40リラ(200円)で3回分のチャージ付きです。

市内方向に走っているトラムが来たので乗り込みます。

HOSTELİDA(ホテル)

本日の宿。コンヤにあるドミトリーはこの一軒だけなので、必然的に貧乏旅行の人はここになります。
1泊250リラ。

閑散期で他にもいっぱい部屋が余っていたのに、受付の不愛想な若い男性に女4人部屋に詰め込まれました。複数の部屋を掃除するのが嫌なんでしょうね・・・
しかし他の3人がロシア人、台湾人、ジョージア人で「はぁ~い♪みきぷ、私ユリア。また後でね~!」とても明るく私に挨拶してきます。ロシア人のおば様はお喋りが大好きなのか、グイグイずっと話し掛けてきます。このメンバーなら楽しいので詰め込まれて良かったかも・・・

İzmir Usulü Sütkuzu Kokoreç(ホルモン屋)

コンヤという町の名物は何か調べたら「ココレック」という羊の腸を炒めたサンドがあるらしいので、場所が近かったので行ってみます。

イスラム教の国に入ったので、地元民が入るようなこんな雰囲気のお店にはまずお酒は置いていません。今回もビールと一緒に飲食したいので持ち帰りです。
このおばさまに「飲み物は要らないの?」と聞かれ「要らない。」と言うと「ちっ!」っと残念そうにされました。強欲ですね。隣の店でビールを買うのですいません。

ココレック120TL(630円)。宿は共有スペースがないので非常階段前のバルコニーで食べました。
ソースがトマトやヨーグルトなど5種類付いてきました。6種類目はいつもの青唐辛子だったので返却しました。トルコ人は平気で青唐辛子をそのまま食べています。
ココレック、まあ美味しかったですが、この金額なら肉ケバブの方が良かったような・・・しょせん腸ですから。


2023.12.2(土)

今朝、8時半に起きたらもう宿の全員チェックアウトして居ませんでした。
貸し切りで嬉しいというより、寝ている間にひとりになってしまったのでめちゃめちゃ寂しいです。

晴れていていい感じ。
着いてから調べたのですがコンヤには有名な宗教の総本山があるらしいので行ってみます。

地下鉄でしょうか、これは?相変わらずトルコ語表記のみです。

全店宝石屋の宝石バザールが地下にありました。

メヴラーナ博物館

メヴラーナ博物館に到着しました。博物館と名が付いているものの、あの奥のエメラルドグリーンの塔が見えるモスクです。イスラム神秘主義のメヴレビー教団の総本山です。

入場は無料。60TLで日本語オーディオガイドまであります。誰も借りていないのでやめておきました。

建物の中は靴にビニールを被せて入るようです。

13世紀頃、イスラム神秘家メヴラーナは、旋回して宇宙を体感する旋舞セマーを修行とする、イスラム神秘主義のメヴレヴィー教団を設立したのがここコンヤらしいです。その方かその方に関係ある方のお墓。

何か意味のある経典でしょうか。ガイドがないと全然分かりません。

地元の人や中国人観光客でいっぱいでした。

外の建物も1つ1つ博物館になっているので入ってみます。

Google翻訳で解説を読むとたぶん修行中の部屋のようです。修行中の身なのに私のドミより全然いい部屋じゃないですか。

旋回ダンスの修行のようです。ネットで調べると土曜日の19時に市民ホールで行われ見学出来るようです。
男性がスカートを履いてクルクル回って宇宙を感じるダンス・・・凄く興味があるのでもう1泊して今夜見に行くことにします。

さてだいぶ時間を掛けて見終わりましたが・・・コンヤはこれがメインのようでもう終わってしまいました。

コンヤのバザール

夜まで時間潰し・・・あの汚い建物に入ってみましょう。

バザールでした。いつも通りの規模は小さいです。

MİTHAT TİRİT(レストラン)

朝から何も食べていなのでレストランへ。このお店、名物のティリットというメニューが美味しいでかなり有名なようです。

裏路地を入って辿り着きました。地下や外まである大きなお店なのに13時に行った時は満席だったので、近くのモスクで時間を潰してからきました。

ティリットとは、陶器の上にパンとヨーグルトを乗せ、羊肉と野菜を乗せて焼いた料理。ここにはこのメニューのみです。250TL(1250円)。

ヨーグルトにしみ込んだパンにほっかほかの羊肉!
こんなに食べれるかい、と最初思いましたが美味し過ぎてなんとペロリと平らげてしまいました。

コンヤ、好きになりそうです。
他にも沢山無料の博物館があるようなので今から回ります。