1€(ユーロ)≒175円
モンテネグロ1日目、コトル1日目
モンテネグロの首都ボドゴリツァからコトルへ向かう。
ボドゴリツァのバス停

2024年7月、ボドゴリツァのバス停の時刻表。
ここからはバスが頻発しているので、チケットは当日購入で問題なさそうだ。
行き先を見ていると、ドブロヴニクや北マケドニアのスコピエなど、かなり幅広い路線が出ている。
東ヨーロッパをどう周遊するか、ルートの選択肢が多すぎて、ますます悩む。

バス代は9€、荷物代は1€。
たった2時間半の移動にしては、高い!
しかもここでも荷物の引換券はなし。運転手のポケットマネーになっていても、こちらには確かめようがない不条理さ。
途中、リゾート地として有名な ブドヴァ を通る。
コトルのバスターミナル到着

11時40分、コトルのバスターミナルに到着。
ここで明日の北マケドニアかコソボ行きのバスがないか、窓口で聞いてみる。
どちらも1日1本はあるらしいが、明日はすでに満席だという。
私「明日のチケットある?」
窓口のおっさん「No!」
・・・ここのチケット窓口のおっさんも「明日はないけど明後日ならありますよ?」位言えないのかな。セルビアに続き、旧社会主義国家のモンテネグロもつくづく印象が悪い。
コトルは宿が高すぎて一泊しか出来ないので、明日どこへ行くかまた検討しなければ。

ブログでよく見かける Hostel Pupa は満室だった。
この日、空いている中で一番安い宿が、市税込みで37€。
もはや高級リゾート地の ドゥブロヴニク を超えている。
7月に入ってから、どこも宿代が一気に高騰しているうえに、この日は1€=175円。
円安もここまで来ると、さすがにきつい。
37€はさすがに高すぎるので、予約サイトに載っていない安宿を探して、歩きながら直接訪ねてみることにした。
アフリカなどでは、Booking.com に掲載されていない安宿が普通に見つかるからだ。
しかし、Googleマップに載っている安い宿の場所を回ってみても、どこも閉業している。
おそらくコロナ禍で閉業してしまったのだろう。
アフリカだと Hostelworld にしか載っていない宿もあるが、ヨーロッパでは事情が違う。
少なくともこのあたりでは、Booking.com(オランダの会社)に掲載されていない宿は、ほぼ存在しないようだ。

日差しはかなりキツい。
スーツケースを引き摺りながら、仕方なく街中の37€の宿へ向かう。

暑すぎて、ここまで歩いてくるだけでかなり体力を消耗した。
宿に行ってみると、チェックインは12時~となっているが、12時を過ぎているのに入口に鍵が掛かっていて入れなかった。

仕方なく、レセプションの人が出勤してくるまで、向かいのレストランに入り待つことにする。
魚が9€で安いと思って入ったのに、100g 9€だった。
「何グラムがいい?」と聞かれたが、高そうなので別のものを頼むことにする。

エビのリゾットを頼んだ。
メニュー写真では、大ぶりのエビがごろっと入っていて美味しそうだったのに、実際に出てきたのは、ミニサイズの冷凍エビが少し入った、ただのケチャップ味のリゾット。これにビールを合わせて26€(約4,500円)。
正直、高い。高すぎる。
この金額なら、日本ならフランス料理のランチコースが食べられるレベルだ。
Montenegro Backpackers Home Kotor
宿のGoogleマップの位置が間違っていて、最初はかなり迷った。
上記の場所が正しい位置だ。
近くの人に何度も道を尋ねながら、ようやくたどり着く。
小さな門をくぐり、長い階段を上った先にホテルがあった。

レストランでWi-Fiにつなぎ、宿を予約。そのまま「向かいのレストランで待っている」とホテルにメッセージを送った。
13時頃、ホテルのスタッフが迎えに来てくれて、そのままチェックイン。
受付のおばちゃんは愛想がよく、感じのいい人だった。

キッチン、部屋、水回りも綺麗。

ルームメイトら4人とも上品で静か。
片付けは苦手そうだが、全体的に民度は高い。まあ、宿の値段もそれなりだったし。
ただ、同室のヨーロッパ人女性は別。
洗濯物をびしょびしょのままベッドの上に干し、この状態で、平然と観光へ出かけていく。よくこのままで出掛けられるな、と感心する。いわゆる「片付けられない人」ってやつか。
コトル旧市街を散策
コトルの旧市街散策。
美しい街並みに山岳が迫っていて、その美しさを際立たせている。山の近さがケープタウンを彷彿とさせる。
ケープタウンで出会った人らは元気だろうか。あれからインスタを見ていると弓場農場から全く動いていないので沈没しているようだが。
(後日追記:彼らとは帰国後も再会して飲みに行けた。)

あの山の上に登るのが、コトル観光の定石らしい。だが寝台列車で到着した早々の今、そんな元気はない。明日の早朝、余力があれば登ってみようか。

猫もへばる暑さだし。
海が近いので魚を狙ってか、猫がかなり多い。猫好きならここはとても楽しいだろう。

コトルは「コトルの自然と文化歴史地域」の名で世界遺産に制定されている。
そりゃ皆が勧めるのも分かる。旧市街は、どこを切り取っても絵になる。猫と石畳、山の上から見下ろすフィヨルドのような景色。

アドリア海に抱かれたこの町を歩いていると、風景の美しさに言葉を失う。美しい街並み。来て損はないだろう。

しかし7月のこの時期、ものすごい数の観光客と暑さでうんざりの方が勝ってしまった。

仮眠をしたらもう夜、外食は高いので懲り懲り。スーパーで、レジの店員が投げてよこした、インスタントラーメンですます。

夜のコトルも素敵だ。

コトルを勧めてくれたOさん(一緒にアルメニアとトルコを旅した男性)が行ったのは冬。
宿も10€だったらしいし、冬に来て誰もいない中、こんな路地を歩いたらさぞかしロマンチックだっただろうなと思う。7月の今は写真に観光客が入らないように写すのが無理な程、人だらけ。

ここの土産屋の店員も、スーパーの店員も、「喧嘩売ってるのか?」と思うような態度だった。
土産屋では、入ろうとした瞬間に「もうすぐ閉まる!入るな!」と制止される。
スーパーでは、「袋いるのか!カードか!現金か!」と怒鳴りながら、商品を投げてよこす始末。
私の前に並んでいた観光客のおっちゃんも、怒る気にもなれないのか、奥さんと顔を見合わせて苦笑いしていた。どちらも若い女性店員。

明日の登頂を悩みながら寝る。
次の日。
やはり山を登る元気はなかった。
登山口から上り下りすれば無料らしいのだが(登りか下りのどちらかで正規の入口を通ると料金がかかる仕組みらしい)。かなり疲れが溜まっている。
1泊で移動し続けたり、タクシーも使わずひたすら徒歩だったり。
さすがにこれは、50代の自分がする旅のスタイルではないなと思う。

宿でゆっくり休んだあと、徒歩でコトルのバスターミナルへ。10時半到着。
10時45分のバスのチケットを現地で購入。チケットは8.5€だが、またも荷物代2€とバスターミナル使用料1.5€を取られる。バスターミナルなんてギリギリに来ているし使用していないんだが。ほんと旧ユーゴスラビア、いい加減にしろ。
バスは11時過ぎに遅れてやって来た。

やはりプドヴァ経由でポドゴリツァへ向かう。

14時、ポドゴリツァに到着。
昨日のうちに、ここからアルバニアのティラナ行きのチケットはネットで予約してある。
このままアルバニアへ向かうことにした。
北マケドニアとコソボは、また後で行けばいい。
出発は16時。あと2時間ある。
この左端の窓口で、1時間1€で荷物を預かってくれるようなので、荷物を預けてポドゴリツァの街を少し観光することにした。
ヨーロッパ一醜い首都ポドゴリツァ
ポドゴリツァはヨーロッパ一醜い首都と言われている。
第二次世界大戦時に、古い建物はことごとく全て破壊され、新しい建物しかないからだ。

どれどれ・・・と眺めてみる。
確かに。都市デザイン計画が全くなされず、戦後のお金がない中、慌ててバラバラの団地のようなデザインの住宅を建てたって感じ。

こんな建物ばかりなのは戦争被害のせいだし「ヨーロッパ一醜い」って酷い言われようだ。
元々はコトルにあったような、風情ある石造りの建物ばかりだったのだろうか?
だとしたら本当に全部破壊されてしまったのだろう。

駅のトイレは有料だったので、無料トイレを探してあのショッピングモールへ入る。

うーん。閑散としているしデザイン性が・・・笑。デザイナーとかいなかったのかな。私がデザインしてあげるのに。
中のトイレはロックが掛かっていたが、建物の外側の通路に、従業員らが使っているであろう、無料のトイレがあったのでそっちを拝借。

一応、GoogleMapで観光地マークが付いていた独立広場とやらに行ってみる。
・・・これだけですか、なんですか。

時計塔。
ポドゴリツァに宿泊していたら、もう少し他に少し観光場所はあったかも知れないが、1時間半で歩ける範囲はここまで。慌ててバスターミナルへ戻る。

バス出発の45分前にバスターミナルに到着。お腹が空いたので、隣接するレストランでハンバーグステーキを頼んだら、案の定、出てくるまでに25分かかり、大急ぎで食べたがバスに乗るのが出発ギリギリになった。運転手にめちゃくちゃ怒られた。
ポドゴリツァからティラナまでのバス代は15€。
事前にネットで予約しており、「環境保護チケットのためEチケットの印刷は不要」と書かれていた。
ところが、いざ乗ろうとすると「チケットを印刷しろ」と言われる。
結局、印刷代とバスターミナル使用料で3€を追加で請求され、さらに荷物代も別で2€。
Eチケットとは何なのか。
Googleの口コミには「ターミナル全員グルで詐欺」とまで書かれていた。
やはりこんな金の亡者モンテネグロを好きになれないまま、次の国、アルバニアへ向かう。


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