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ルーマニア、ブラショフ観光。さらに小さな町、シギショアラ1泊観光(Day440-1)

1€(ユーロ)≒160円、1ルーマニアレイ≒33円
ルーマニア6日目、ブラショフ3日目

8月に入り突然円高になり1€が160円になった。こんなの予想出来るだろうか。
私は西欧やスイスなど1€=175円の1番高い時に旅していたことになる。15円も違うと全然違うよなぁ・・・自分の運の悪さを呪う。

ブラショフ街観光

ブラショフをじっくり観光していなかったので、午前中に街を観光する。

ブラショフはかつて防御のための要塞都市だったため、今でもいくつかの城門や塔が残っている。

石畳の広場にはカラフルな建物がかわいい。山の景色も良くて結局2泊した。

黒の教会へ。1689年の大火災で煤に覆われたことから黒くなったらしい。ドイツのケルン大聖堂の方が排気ガスと酸性雨で全然黒いけど。中は有料なので入らなかった。

1460年代に建てられた白い塔へ。かなり坂か階段を登る。

石灰岩で出来た塔。外敵の侵入を監視するための見張り台として使用され、また砲台も設置されていて攻撃に備えてあったらしい。

ブラショフの街を一望できた。この赤い瓦屋根の感じも、もう見飽きてきたが。
あのロープウエイで山頂まで行けるみたいだ。

聖ニコラエ聖堂へ。

お昼になったのでホステルに荷物をピックアップし、ブラショフの鉄道駅へ向かう。

ブラショフから鉄道でシギショアラへ

今度はちゃんと10分前に鉄道駅について券売機で14時55分のチケットを購入。24レイ(780円)。
今回もネットで1番安い時間の便を調べてある。
ブラショフからシギショアラまではなんと列車で4時間。ミニバスだと2時間くらいで着くらしい。どれだけ鈍行なんだ。ただ圧倒的に列車の方が安いので列車で行ってみる。帰りはバスにするかも。

チケットに書かれてあるホームで待っているが全然電車が来ない。あと2分というところで、ふと後ろを振り返ると3両だけの電車が端っこの方にひっそりと停まっていた。これだ。見逃すところだった、危ない。

のろのろ運転だからか、列車は人気がなくガラガラ。4人席を占領して足を伸ばして座る。

車窓を眺めながら次に行く国のガイドブックを読んだりしてのんびり過ごす。8時間移動とかばかりしているので4時間位の移動だともう短く思えてきている。

シギショアラ駅到着

シギショアラ駅到着。寂しい、すごく寂しい。誰もいない、職員すらいない。

人気のない観光地なんだろうか。宿のある市街地へ向かってみるが、道も誰も歩いていない。ゴーストタウンのようだ。

川を渡って旧市街へ。シギショアラは、想像していたよりもこぢんまりとした街だった。駅から旧市街までは歩いてすぐで、石畳の道がまっすぐ続いている。

シギショアラ旧市街

シギショアラは12世紀に、ブラショフ同様トランシルバニアに移住したドイツ系のザクセン人によって建設。中世の頃には、要塞都市として重要な役割を果たし、その防御システムと戦略的な立地から、長い間経済と商業の中心地として栄えたらしい。

階段やガタガタの石畳を登って旧市街に到着。やはり人は少ない。

パステルカラーの家々が並び、どこか温かみが感じられる。この色もドイツのロマンチック街道沿いの家々を思いださせる。

Burg Hostel

旧市街に一泊だけホステルを取ったが、旧市街自体が城壁に囲まれた丘の上にある。スーツケースで石畳の道を登ってくるのなかなか大変だった。71.4レイ(2,300円)。キッチンと電子レンジはあるがコンロはないので他の人らはフルーツやハムを切るだけの料理で工夫していた。
8人部屋だがシギショアラで宿泊する人は少ないのか4人しかいなかったので快適。

Terasa Cafe La Scara(レストラン)

かなりお腹が空いたので外へ食べに行く。テラス席で食べられる雰囲気の良さそうなレストランへ。

この辺りの国で名物なグヤーシュというスープを飲んでみたくて頼んだが、間違えてただのスープを頼んでしまったようだ。朝にしか出ないメニューのようで、最初スタッフは「えーあるかな?」と言いながら厨房に聞きに行ってくれた。

出てくるのは遅かったが、これが実に美味しかった。この辺りの国ではスープと言っても食べるスープ。牛肉をはじめ具材たっぷりだった。スープは29レイ、ビールは15レイ。

夜のシギショアラを歩いてみる。中世の街に溶け込んだかのよう。
人が全然いないのが静まり返っていて良かった。1人で歩くのはロマンチック。

来てみたら1時間ぐらいで回れてしまう町だったので、日帰りにしなかったのは失敗だったかと思ったが、夜のこんな綺麗な町並みを見れてやはり宿泊して良かったと思った。
ドラキュラ伯爵の生家がある町。明日はゆっくり観光しよう。


次の日。

シギショアラ散策

靴屋の塔を見に行く。中には入れない。曇っていて少し残念。

お土産屋をのぞく。ルーマニア土産ってこんなのなのかな。絵が雑過ぎてかえってかわいいかも。

時計塔

シギショアラのメイン。町のシンボルである時計塔。高さ60メートル、登るのにはまたお金がいる。時間になると仕掛けが動いて音楽が流れるので人が集まってきた。この時間帯位からツアーバスで来ている観光客で賑わってきた。

街を見下ろす丘の上に登ってみる。雨の日でも登れるように屋根を造ったのだろうか。

丘の上の教会

教会に到着。家??

シギショアラの町も美しい。こことブラショフに来なかったらルーマニアのイメージは全然違うものになっていただろう。旅先で会ったアドバイスをくれていた人が、ルーマニアがいいと言っていたので長居しようと思ったのだが正解だった。ルーマニアには他にも魅力的な町があるのだろうか。

街に降りてきた。

ドラキュラ伯爵の実家

ドラキュラ伝説の元となったヴラド3世が幼少期を過ごした家。現在はレストランとして営業。
他に名物がないのか、ドラキュラが大人気なのか凄いウリにしているな。中をのぞいてみたいが、まあ高かったのでパス。

昼間は賑わっている。ここには皆ツアーバスで来るようだ。宿泊したら誰もいない中世の町を味わえる。

食事は昨日の店がかなり美味しかったので同じ店にした。小さな町なのでレストランもそれほど選択肢はない。

今度こそグヤージュスープを頼む。本当は隣国のハンガリーの伝統スープらしい。牛肉やジャガイモをパプリカで味付けした濃厚なスープ。かなり美味しい。59レイ(1,900円)。

ブラショフ、夜がロマンチックで良かったな。ひとりなのが残念だが。誰かと食事出来たら楽しかっただろう。ここではアジア人は全く見かけない。

宿をチェックアウトして鉄道駅へ向かう。今日はここからブラショフへ戻って更にハンガリーへ移動しないといけない。

駅までの道にある至聖三者大聖堂にも寄る。

シギショアラからブラショフへ鉄道で移動

昨日来た鉄道駅に戻ってきた。隣にミニバス乗り場があるので見てみたのだが、人が全然いない。今日が土曜日だからなのか、ここは終着駅ではなないからなのか。短時間で行けるバスでブラショフに帰りたかったが、仕方なく鉄道にする。

15時44分発。行きと同じ24レイ(780円)。

帰りの列車は最悪だった。
車両は3つしかないが、たまたま自分が乗った車両は家族・親戚全員顔見知りの地元の人が乗っていて、若い男の子らが特大スピーカーを持ち込んで大音量でビール飲みながらダンスパーティーを始めた。めちゃくちゃうるさい。父親はルーマニア語で「ごめんねぇ~」と謝ってきたが、あほか。非常識過ぎる。

離れた車両に移って事なきを得たが、16時になると全て窓から強い日差しが入ってきてカーテンもブラインドもないし、影になるところが全くない。
そして線路は単線なので駅に到着する度に、反対車線からくる列車とすれ違うために長時間停車する。昨日途中の駅で停車していた理由がこれで分かった。単線だから。

時間通りにブラショフに着いてくれないと予約しているバスには間に合わない。日差しの眩しさに耐えながら、ずっとハラハラしっぱなしだった。

20時半。ブラショフ駅に30分遅れで到着。ここからFlixBusバスターミナルまではバスで30分位かかる。21時15分発、ハンガリーのブダペスト行きのバスに間に合うだろうか?慌てて駅を出た。

ルーマニアのかわいい街ブラショフへ。ブラショフからシナイアに日帰りでペレシェ城へ行く(Day438-9)

1€(ユーロ)≒168円、1ルーマニアレイ≒58円
ルーマニア4日目、ブカレスト4日目

今日はルーマニアのブカレストからブラショフへ鉄道で移動する。

アルバニアのベラトで会った日本人と再会

インスタを見ていたら、アルバニアのベラトの宿で一緒だったAlさんが同じルーマニアにいることが分かり、会うことになった。

私は今日の午後ブカレストからブラショフへ。彼女は今日の午前中にブラショフからブカレストに来る。お昼の時間少しだけブカレストで会うことにした。

ベラトでは彼女は後から宿泊してきたのでそこまで会話しなかったが、2人で話してみると人の言うことをちゃんと肯定しながら聞いてくれるいい子だった。働いていた業界も同じだったので話が盛り上がる。もっといっぱい話したかった。

ブカレストの鉄道駅

楽しい時間はあっという間に過ぎ、2時間だけお喋りして別れ、ブカレストの鉄道駅へ。チケットは出発時間が読めなかったのでまだ買っていない。出発時間によって全然金額が違うので、予めネットで15時7分発の列車が1番安いことを知りその時間に駅に向かう。

チケット窓口が長蛇の列でびっくりしたが、券売機はガラガラだったので直ぐにチケットを買えた。35.5レイ(1,160円)。

駅で6レイのパンを買ってギリギリに慌てて乗り込む。時間ぴったりに出発。

ブラショフ鉄道駅でチケット購入

17時50分、約3時間でブラショフに到着。ドラキュラ伯爵を全面アピールしたいのかおどろおどろしい城の絵が駅に描かれている。

鉄道駅から街の中心までは離れているのでバスで移動。バス停は直ぐ隣にある。チケットはバス停の券売機で買うのだが2枚セットでしか売っていない。購入した紙チケットをバス内の機械で有効化するのだが、ここも誰もチケットを買って乗っていないように思える。

ブラショフ中心地に到着。

かわいい、街が凄くかわいい。ブカレストと全然違うので驚いた。背景の山の景色に映えるカラフルな建物がいっぱい。ここは12世紀にドイツ系のザクソン人に創設されたので、ドイツ風の建物が残っているらしい。
ブカレストだけで次の国へ移動していたらルーマニアのイメージが全然違っていただろうな。

Downtown Hostel

ブラショフで1番の安宿。61レイ(2,000円)他の宿はブカレスト宿の金額の2倍以上する。
キッチンはあるにはあるが1人立てる位の大きさなので使えない。共用部分はそのキッチンのみ。

Alさんもここに宿泊していたらしいので情報は聞いている。入口から手前のベットの男性が太っている訳でもないのに恐ろしくいびきがうるさいらしい。本当に寝れなくてAlさんは「トラウマでしばらく女性専用ドミにする。」と言ってたほどだ。

8人男女混合ドミトリーの部屋に入るとドイツ人のおばさまだけが部屋にいた。
「耳栓持ってる?私たち以外全員男なんだけど、この部屋のこいつとこいつが恐ろしくいびきうるさいわよ。」
と親切にも教えてくれた。Alさんの言ってたベットだ。気が重い…

宿から直ぐのブラショフの中心地を歩いてみる。

ドイツのロマンチック街道沿いの家々を思い出す。
こんなにかわいい街ならブカレストを延泊しないで早くこっちに来れば良かった。

そうしたら夕食もAlさんと過ごせたのになと後悔しながら、路上の素敵なレストランで豚肉ステーキを食べる。この辺りは豚肉の産地らしく凄く美味しかった。70レイ(2,290円)

夜もロマンチック。観光客だらけの小さな街なので夜も歩ける。

宿に戻ると中華系のドイツ出身の18歳の男の子がチエックインしてきていた。人懐こくて色々聞いてくるので会話した。私の年齢を言ったら驚いていた。母親より上だもんなぁ。

そして問題のいびき男は明け方まで飲みに行ってたらしく、4時に帰って来たので悩まされずに済んだ。だが、中華系男子が朝の7時にUberドライバーと大声で電話していて起こされた。部屋の全員起きてきて注意されていたが「大丈夫、大丈夫。もうすぐUber来るから!」との返事。
いや、そうじゃない、そこじゃない。かわいい子だと思っていたがしばきたくなった。


次の日。

この宿は人気で延泊出来なかったので、宿を移動した。

Viva la Vida Hostel

昨日のところより1.5倍高いが広くて快適。90レイ(2,915円)。キッチンはないがテラスがあるので手で洗った洗濯物をここぞとばかりに干した。
オーナーは下のレストランで精いっぱいでホテルは放置状態なのかBooking.comから検索は出来るのにシステムを切っていて予約は出来ない。なのでagodaで予約した。Booking.comから予約出来ないせいか「満室」となっているのにガラガラで快適だった。穴場。

ホステルを移動する時にドイツ人のおばさまと会話。
「昨日ラッキーだったわよね〜!いびき野郎は明け方に帰ってきたから寝れたわ。」
「そうだけど、クソガキが明け方Uberに電話してて起こされたわー。」
「そうそう。あのクソガキ笑、朝の7時よ!」

そんなことを話して2人で笑った。
それにDowntown Hostelの方は男共が部屋で寝ながらおならをしまくるのが気になった。思わず出でしまったとかでなく、明らかにお腹に力を入れて寝たままの姿勢でブーブーこいでいる。1回ではなく凄い頻度で。
普通、他に7人いる中でする?!このパターンも初めてだ。ドミには色んな奴がいる。

日帰りでシナイアへ行く

Alさんがシナイア地方のペレシェ城が良かったと教えてくれたので行くことにする。
ブラショフから南のトランシルバニア地方へ列車で1時間ちょっと。

当初はドラキュラ城のモデルになったブラン城に行こうと思っていたのだが、GoogleMapの口コミを見たらドラキュラ伯爵のモデルになったヴラド三世の城ではなくおじいさんの城。しかも小説のモデルかどうか確かでないとのことで、それ、もうドラキュラ関係ないやん?ってことで行くのは止めた。

鉄道でシナイア地方へ向かう。
昨日と同じく鉄道駅の券売機でチケットを購入して乗ろうとしたら、出発5分前だとギリギリ過ぎて販売していなかった。

鉄道に乗り込みながら乗務員のおばさまとおじいちゃんに列車の中でチケットを買えるか聞いたが英語が全く通じない。この辺の国って通貨も言語もバラバラ。陸で直ぐ繋がっているのに不思議だ。
おばさまには鬱陶しそうにされ無視されたが、おじいちゃんにGoogle翻訳でルーマニア語で聞いたら笑顔で頷いてくれ、列車のチケットを売ってくれた。
支払いは現金のみ。現金を持っていて助かった。券売機だと10レイだったのに車内で買うと17.5レイと高い。

シナイア到着

シナイアの駅に到着。ここから城までは徒歩30分かバス。景色が綺麗そうなので歩く。

途中町中のスーパーでコーラを買いに寄り道。
売店で売っているのと、スーパーに売っているのとでは金額が倍違う。

中世の田舎町に来たかのような景色。山岳が美しい。
途中の家の庭で、家族と遊んでいる小さな男の子に「ヒーヒー!ジージー!」と声を掛けられる。意味が分からないので無視していたらお母さんに何か耳打ちされ「こんにちはーー!!」と叫んできた。
中国人と思って挨拶していたのか。かわいい。「こんにちは!」と返すと喜んでいた。

ペレシェ城

30分坂を登ってペレシェ城到着。これは白の近くのホテル。

想像していた城のイメージと違って領主のお屋敷って感じ。1875年にカロル1世が王室の夏の離宮として8年かけて建てたそう。

チケット購入と入場で30分以上並んで入場。ガイド付きツアーでなく単独で回るチケットを選んだ。50レイ(1,635円)

武器庫。中世の甲冑。かっこいい。

何世紀にも渡って改築されたので、イタリアルネサンス、バロック、ロココ調など様々なデザインが混じっているらしい。

城と言ってもベルサイユ宮殿のように派手な感じではなく落ち着いた雰囲気が凄くいい。住んでみたくなる。

食堂はこれは喋りにくいかな。映画で見たようなまんま。

部屋数は多くて、それでいてどれもデザインが違っていて本当に楽しかった。今では手に入らなそうな大量の木材の装飾も美しい。1500億かけたブカレストの国民の館よりこっちの方がよっぽど美しい。

ペリショール城

隣にカロル1世の狩猟用の城もある。

狩猟用だから?屋根が犬に見える笑

入ってみたかったけど節約。

シナイア駅の方まで戻る。

シナイア僧院

途中にまた17世紀の僧院があるので寄ってみる。

天井のフレスコ画が綺麗。私はステンドグラスのある教会はいくらでも入りたいんだけど、フレスコ画は興味ないんだよな。好きな人は好きなのだろうか。

シナイア駅で痛恨のミス

駅でまた券売機でブラショフ行きのチケットを買う。10レイ。行きも帰りもネットで1番安い時間帯を調べてある。

ここで耳からワイヤレスヘッドホンを外して手に握ったままチケットを購入したのだが、その後いくら探しても見当たらない。

ドミで動画を見る時に使っている他、長時間歩く時もいつもワイヤレスヘッドホンで音楽を聞いていた。歩くのが嫌いな私がメテオラでも何時間も歩けているのは、音楽を聴きながら歩いているからに他ならない。あれがないと困る…泣

結局駅構内を探しまくったが見つからず、列車の時間になったので乗り込んだ。
乗ってから、駅のゴミ箱にくしゃくしゃに丸めたレシートを捨てた時に一緒に捨てたのではないかと思い当たった。しかし後の祭り。

ルーマニアの列車はAlさんから「遅れまくるよ。」と聞いていたが、途中の駅でずっと停車していて発車しない。アナウンスも何もないからなぜ停車しているかわからない。幸い30分位の遅れですんだ。

夜にブラショフに戻って来た。

今後ワイヤレスヘッドホンが無いのは痛い。有線のヘッドホンも持ってるけど歩きながら聴くには不便過ぎる。ここで買おうかとショップに寄ったが高い。日本は本当にモノが安くて性能がいい。
スマホの画面も割れてて見にくいし、他にもユニクロライトダウンなど、無くしたものはいっぱいある。日本製のメイク落としもなくなりそうだし、日焼け止めもなくなったからアルバニアで購入したが、日本のものよりかなり高いのに性能が悪くて日焼けしまくり。(この数日後エア枕も手洗いしたら壊れた。)

4月に日本を出てから5ヶ月目、8月に入ってしまった。そろそろ帰国かな。モノが紛失して不便を強いられそんなことを考えるようになってきた。

ブカレスト負の遺産、チャウシェスクが建てた国民の館と自邸訪問(Day436-7)

1€(ユーロ)≒168円、1ルーマニアレイ≒35円
ルーマニア2日目、ブカレスト2日目

Nest Boutique Hostelは朝食が付いていた。野菜パサパサ、ハムやパンも焼いたら美味しいだろうけど生。お腹に入れるだけって感じだが、ないよりはマシか。

食べ終わり、シャワーを浴びたらリュウと廊下で遭遇。「今日は何するの?」と聞かれ、今日もなにか誘いたそうだったが「今から、今から、国民の館へ行くの!」と慌てて誘われないようにした。
「僕も今日の夕方そこに行くけど、予約していないと入れないよ?」
「知ってる。でも直接行ってみるんだ~。」
そう言って別れた。私が日にちに余裕ある旅人だったら一緒に行動するんだけど、ごめん・・・

国民の館(Palatul Parlamentului)

今日こそは自分が行きたかった場所を観光する!

国民の館へ歩いて向かう。ルーマニアの首都ブカレストは独裁者チャウシェスクが己の権力を誇示するため、建物が何もかも巨大。
スコピエの銅像に続いてこれも異様な光景だ。

国民の館に到着。入口はこの地図にある北門から。

国民の館とは

「国民の館(Palatul Parlamentului)」。この建物は、アメリカの国防総省(ペンタゴン)に次ぐ世界で二番目に大きな行政庁舎。建設費用は当時の日本円に換算して1,500億円。地下4階~地上10階建、総面積は330,000㎡、部屋数は3,107。ほとんどの部屋は使われていない。無駄無駄無駄無駄ー。
チャウシェスクが自身の権力を誇示するために建設を命じたものだが、当の本人は建設途中でルーマニア革命によって夫婦ともども処刑されてしまう。

まるでフランス革命時代かのような野蛮な話だが、これは1989年の話で、TVで銃殺後の映像と共にニュースに流れてきたのがうっすらと記憶にある。そんなこともありルーマニアは怖いイメージ。

なぜルーマニアが治安が悪いと思うのか

ルーマニアを1番怖いイメージにしているのはドラキュラ伯爵のモデルになった「串刺し公」がいたことでもなく、2012年の日本人女子大学生殺害事件だろう。
ルーマニアと言えば・・・という感じでどの旅人と話しても皆知っていたし、日本人のルーマニアの印象に与えた影響は大きい。

ブカレストの空港に到着して市内までの最終バスが出ちゃってて、(偽の)空港職員のプラカードぶら下げた人に「タクシーで行きなよ、案内するよ。」と言われたら、私でも従うと思う。
今の時代ならUberがあるのにな。彼女に何の非もないのに可哀想過ぎる。

国民の館入場方法

国民の館はガイドと一緒じゃないと入れない。HPを見るとネット予約は8名以上~で、それ以下の人数は電話予約のみとなっている。めんどくせー。
GoogleMapの口コミを見ると、当日いきなり行っても入れそうなので直接行ってみる。

14時に行くと、チケット売り場にスタッフが1人しかいないので並ぶが、当日券が買えた。

14時45分からの英語ガイドのチケット購入。60レイ(2,000円)要パスポート。この紙を貰って、お土産屋のカウンターで金額を払う。カード使用可。

45分待つが仕方ない。周囲に変な絵画展や無料トイレもあるので時間は潰せる。
14時半以降は窓口もガラガラだったので、14時半以降に来たら並ばずすぐ入れるだろう。

時間になり、ガイド付きツアーに参加して館内を見学。
大理石で装飾された廊下。このカーペットは継ぎ目がないらしい。お金掛かってるね。

国中のクリスタル、木材、大理石、綿などが集められ、ルーマニアでは大理石が不足したとか。

大理石の量は凄いんだけどね。いや・・・デザインが全部同じだし、装飾が細かくなく面白くない。

1時間みっちりガイドだった。歩き回ったけど見学したのはこの建物の5%部分。
高価な材料でとにかくデカイ建物造れって指示だったんだろうな。
装飾やデザインが美しいイラン建築などに比べると全く面白くなく、建築物というよりチャウシェスクの愚かさを見たという印象。ツアーの狙いもそうなのか。この建設のために当時、国民の生活は圧迫されたそうだ。

7割建設した途中でチャウシェスクが処刑され、どうするか議論が起こったらしいが、解体するより完成させる方が工事費が安くすむ試算から完成させた。
現在は国会議事堂として使用され、国際会議やイベントも開催される。一部の部屋は会議室やコンサートホールとして使用されているが、それでも全部は使い切れず、その広さゆえ維持費が膨大過ぎて税金を圧迫しているという。全く負の遺産だ。夏や冬の冷暖房費とかもどうなっているのだろう。維持費まで試算したら解体した方が良かったのかも。

クレツレスク教会

その後、ノルマのように見飽きた教会群観光。

Caru’ cu Bere

インスタで紹介されていた創業150年のグランカフェへ。

メニューの金額が高いので一番安いビールとサラダを頼むが、サラダは葉っぱしか入っていなかった。そしてこれまで取られたことのないチップを取られる。場所代ってとこか。

モロッコで会った親子と再会

インスタ繋がりでモロッコのシャウエンで会った親子が今ブカレストにいるらしい。飲みに誘ってみると即返事でOKだった。お子さんがいるのでどうかと思ったがノリがいい。

一度宿に戻ってシャワーを浴びてから待ち合わせ場所のブカレスト中心地へ向かう。

前回はお子さんが退屈そうだったので気にしていたのだが、今回はiPadを持たせたとのことで退屈しなさそうなのでほっとした。
Amさんはノリが良く、私に興味を持って色々質問してくれる。そして感想や自分の考えも返してくれるので会話が楽しい。見た目やんちゃそうなのだが、振舞いから育ちは良さそうだし、美容やおしゃれに興味があるところも気が合った。

こっちの話も全部自分の話に持っていって一方的に自分のことばかり話す人、自分のことは全く話さない人、こちらの会話に一切共感してくれない人。まあこれらの人はしんどい。

子供がいる人とは話が合わないとずっと思っていた自分も視野が狭かった。旅をしているとまだまだ新しい発見がある。そして途中から彼女のお子さんと遊びだしたのだが、これもめちゃくちゃ楽しくて可愛くて愛おしかった。また会いたいな。

この日は盛り上がり過ぎて2人でワイン2本を空け、フラフラになりながら歩いてホステルまで帰る。


次の日。
またリュウから「SPAに一緒に行かないか?」と誘いがあったが断った。マッサージも併設しているプールがあるらしい。だけど今日もチャウシェスク邸を予約している、ごめん。

歩いて地下鉄の駅へ。宿の目の前からトラムが出ているが、10分歩いてでも地下鉄に行った方が速い。

トラムは無賃乗車可能だけど(検察庁来たら罰金)、地下鉄は改札あるのでクレカタッチで乗る。

チャウシェスク邸(Palatul Primăverii)

ここもガイドツアーのみ。前日にHPから英語ツアーを予約しておいた。

外観。チャウシェスク夫妻が住んでいた私邸で、非常に豪華な内装が施されているらしい。住宅デザインの仕事をしていたので昨日の館よりかなり興味がある。

高級絨毯が敷き詰められているそうで、中はこの靴カバーをつけて入る。

チャウシェスク夫妻。処刑された人の自邸を博物館にするなんて・・・と、この写真を見ると切なくなるが、よくよく考えたらベルサイユ宮殿もそうだ。
国民の貧困さに目を向けず、贅沢三昧をしていると罰せられるって、この夫婦はフランス革命から学ばなかったのだろうか。

中は撮影禁止。GoogleMapに写真をアップしている人がいるので数年前まではOKだったのだろう。
以降、ツアーが終わった後の庭と出口までの通路の写真。

邸宅は、豪華な家具や美術品で飾られ、プライベートプールやサウナ、映画館、インナーガーデンまである。
プールはジムにある位大きくて深い。水の無駄使い・・・周囲は綺麗なモザイクタイルで装飾されいくらお金かかったんだろうって感じ。

内装は昭和の少し古臭いクラッシックデザイン。いくつものリビングルーム、個室全てにシャワールームとトイレ。エレナ・チャウシェスクが使用していた豪華なドレッシングルームには彼女の服や靴、バッグもそのまま展示されていた。彼女自身も強い権力を持っていた証拠だ。

1時間のガイドが終わり庭で解散。とにかく今では手に入らないような高級木材やタイルが、家にも家具にもふんだんに使われていて見ごたえがあった。絨毯も相当大きくて高級そうだった。

ツアー客は30人位いて大人気。見て回るには多くて窮屈だった。ガイドはかなりゆっくりの英語で話してくれたので理解出来た。隠し撮りしている人も何人かいたので私も撮りたかったな。

出口までの通路に貼ってある写真。各国の首相とよく写っている。

チャウシェスク夫妻はこの邸宅で多くの政治家や外国の賓客を迎え入れ、自分たちの権威を誇示していたらしい。しかしその一方で、邸宅の外では多くの市民が貧困に苦しんでいたという現実を思うと滑稽でならない。

人は権力を持つとここまで周りが見えないものか。欲望には終わりがないのか。など考えさせられる。
軍事裁判にかけられ判決が出てから、わずか10分で刑が執行されたということは、国民の怒りは相当凄まじいものがあったのだろう。その原因の贅沢三昧の象徴がこの邸宅と昨日の国民の館だ。

帰りはバーガーキングで食事してからまた地下鉄で宿へ戻る。

本当は今日ブカレストから北の街のブラショフへ移動する予定だったが、安宿が埋まっていて、ブカレストの倍の金額になっていたのでもう1泊することにした。
もう少し安い宿へ移った。中心地から外れているがこっちの方が静かでいい。昨日のところは朝食付きのせいか人気で人が多過ぎで落ち着かなかった。

色々発見があったブカレスト、来て良かった。

明日こそドラキュラ伯爵の城から近いブラショフへ移動する。


ブルガリアのソフィアからルーマニアのブカレストへ。宿の人らとの観光はキツイ・・・(Day434-5)

1€(ユーロ)≒168円、1ブルガリアレフ≒84円、1ルーマニアレイ≒33円
ブルガリア3日目、ソフィア3日目

ブルガリアのソフィアからルーマニアのブカレストへ深夜バスで移動する。夜まで宿の共有スペースで過ごし、バスステーションに移動。

ブルガリアの印象

ブルガリアはリラ修道院とヨーグルトの印象しかないが、宿やスーパー、チケット窓口、ツアーガイドの人など、愛想良くて親切だった印象だ。

バスステーションまでのトラムに乗る時も、バス停で一緒になった地元のブルガリア人のおっちゃんが片言の英語で必死で駅まで道案内してくれた。いや、GoogleMAPあるから分かるんだけど…
トラムはクレカタッチで乗れるけど、やはり地元の人は誰もお金を払っていない。

ソフィアのバスターミナル

ルーマニアは治安が悪いイメージ。昼に着くバスに乗りたかったが、バスはルーマニアのブカレストに夜中1時に着くか、朝6時に着くかの2択しかなかった。仕方なく朝6時を選択。

バスターミナルは賑わっていた。ここからイスタンブール行きのバスが本数が多い上に満席だ。ここはもうトルコに近いのか。

23時。いつもの緑色のFlixバスが来るかと思ったがイカツイ柄のバスが来た。運転手もプロレスラーのような雰囲気の人で男なのか女なのか分からない。女・・・かな?

バスは乗車率50%位で、1番後ろの座席を独り占めして足を伸ばせて寝れたのでこれまでの深夜バスで1番楽だった。後日ルーマニアで会ったAmさんは、同じ経路でもう少し安いバスに乗ったら満席で、隣の座席の女性の手がずっと鞄のチャックに伸びてきて、財布をすられそうになったらしい。治安・・・

ブカレストのバスターミナル

トイレ休憩でも起きずに後ろの座席で爆睡していたが、朝の5時にパスポートコントロールで叩き起こされた。ブルガリア出国とルーマニア入国の2回。あと警察の検問が1回。なので睡眠不足。

6時半にルーマニアのブカレストに到着。8月はこの時間で十分明るい。外を歩いて大丈夫そうだ。

終点なので全員が降り、バスから全ての荷物を取り出される。そして誰も引き取り手のない大きなボロイ鍵のかかっていないスーツケースが1つと、大騒ぎする男性がひとり。どうやらスーツケースが無くなったらしい。

「これじゃないの?」
「こんなボロイやつじゃない!!」
運転手は「知らん。」と言って荷物が全部下ろされたのを見届けると去っていった。

初めから狙ってスーツケースをすり替えられたんだろうな。鍵がかかってないスーツケースなんて不自然だし。余ったスーツケースには女性用のピンクのヘアゴムが付いていたから、途中下車した女性が、これの代わりに高そうなスーツケースを持って行ったのだろう。
ルーマニア、早速治安が悪そうだ。

バスターミナルからホステルへ移動

ブカレストもクレカタッチで地下鉄、バスに乗れる。

あの男性はあの後どうしただろう。ソフィアのバスターミナルで1番に並んで1番奥に荷物を入れておいて良かった。同情しながら宿へ向かう。

Nest Boutique Hostel

7時にホステル到着。しかし入口に鍵がかかっていて、ブザーを鳴らしても誰も出ない。Booking.comに掲載されている電話に掛けてもWhatsupで連絡してもメールしても返事がない。駅のトイレが有料だったから行ってなくて、めちゃめちゃトイレ行きたいんだけど!!

8時過ぎにレセプションが出勤してきた。こういう大型タイプのホステルはオーナー=レセプションじゃないから電話しても出ないのは仕方ない。トイレは裏口が開いていたからそこから入ってさせてもらっていた。セキュリティとは?

14時からしかチェックイン出来ないと言われたので後で撮った写真。
女性専用ドミトリー55レイ(1,860円)。
静かで民度がいい。アテネだけなぜあんな民度が低かったのだろう。

国立村落博物館(”Dimitrie Gusti” National Village Museum)

シャワーを浴びたいと思いつつ共有スペースにいると、台湾人の男の子が話し掛けてきた。今から皆で国立村落博物館に行くから一緒に行かないかと言う。たまには宿の人らと過ごすか・・・と誘いに乗ることにした。

彼の他はタスマニア人のおばあ様とアメリカ人男性、フランス人女性。2チームに分かれてUberで博物館へ向かう。

私のチームは台湾人のリュウとタスマニア人のマリー。入場料が学生のリュウは8レイ、退職者のマリーは15レイ、私だけ30レイ。皆私の半額以下!
2人ともチケット売り場の人に身分証を見せろと言われなかった。リュウは28歳なので本当に学生なのか怪しい。法律を勉強しているとは言ってたけど。

なんか私だけ損してる気分だなー。ヨーロッパは65歳以上は、どこの博物館や美術館も割引があるので定年してからヨーロッパを周るとお得だ。

ルーマニア語と英語で解説の看板あり。ルーマニア各地から移築された伝統的な家屋や農業用建物が並ぶ。

これは教会の内部。民族衣装もある。

日本の縄文時代の竪穴式住居に似ている。リュウに「日本も昔こんなのだよね?」と言われたが台湾もそうだったのだろうか。

私は仕事柄、凄くこういった建物に興味があるんだけど・・・

最初全員興味深々で解説を読んだり写真を撮ったりしていたのに、途中からマリーがベンチに座り出す。そしてその時間が長くなる。年配だから仕方ないよね。

リュウは建物よりインスタ映えスポットを探しているようだ。夏なのに長袖ジャケットと中折れ帽、動画を何度か撮らされた。

マリーは1時間歩いた所でとうとう休憩すると言い出した。まだ3分の1も見てないのに。中はかなり広い。

ジュース、コーラ、アイスで談笑するが、お喋りなマリーの話は止まらない。
私は台湾人のリュウの言っていることは聞き取れるのだが、タスマニア出身、つまりオーストラリア人のマリーの英語は速過ぎて全く分からない。Google翻訳も追いつかない速さだ。内容も娘の精神的疾患のことから義理の息子の愚痴、政治・世界情勢についてなど多岐に渡り、私の語彙力では聞き取り不可能。

こういう場面になる度に、もうどれだけ頑張っても英語習得は無理、諦めようと毎回思う。

全員ドリンクを飲み終わって、いざ観光に出ようと思ってもリュウが「君のアイス美味しかったから僕も買ってくる!」とアイスをオーダーしに行く。

なんでやねん!最初に頼まんかい!!

結局休憩している時間の方が長かった・・・ブカレストには2泊しかしないつもりだったから、今日はこの他にあと2か所は観光地を周りたかったのに到底無理な計画だ。

今から3人でこの近くでご飯を食べようと誘われたが、まだ見ていない残りの古民家を見たいので「深夜バスで眠いから先に帰ってるよ、ごめんねー。」と断ったのだが、2人とも私について来ると言う。なんでー。日本人には伝わる婉曲な断り、表情から読み取れる言葉の裏に隠された「ひとりでチャッチャと周りたいの!」という空気感が彼らには伝わらない。

深夜バスでは5時間位しか寝ていないので本当に眠いのだが、帰りも「こっちの出口から帰ろうよ。」など意見が分かれ、なかなか宿に辿り着かない。眠いと言っているのにリュウは「あ、あっちに台湾のタピオカミルクティーのお店あるから紹介するよ!」と寄り道させられた。日本人なら空気の読めない人だな。それか私が協調性が無さ過ぎるのか。

海外の人と交流してこそ旅の醍醐味だと思うのだが、ヨーロッパは物価的に速いペースで周りたいのでイライラの方が募ってしまう。

ホステルに戻ってからは本当にシャワーを浴びて仮眠した。

目が覚めるとすっかり夜になってしまい近くのルーマニア料理のレストランやスーパーは閉まっていた。20分位歩いて、開いているトルコ料理のお店に入る。高かったがお店の人も愛想良くて美味しかったのでよしとしよう。

帰り道。宿の近くは誰も歩いていないのでやはり怖い。中心の観光地なら大丈夫そうだが。
安全を取って1駅だけだがトラムに乗って帰った。トラムには女性の乗客も乗っている。
トラムもクレカタッチだがリュウが無料で乗れたと言っていた。たまに検察官のおばさまが乗っていて、無賃乗車がバレると何十倍も罰金なのだが。

やはり私は旅先での集団行動は向いてないな。
今日の観光は、誘われてからも皆テラスでだらだらお茶したり朝食を食べたりしていて、出発したのは1時間以上先だった。ここに4泊も5泊もする彼らは、のんびりすることも旅の目的なのだ。2週間の休暇で来ている彼らと180日のシェンゲン協定内でヨーロッパを周らないといけない私とは旅の種類が違う。

彼らには悪いが、明日からはまた1人で行動しようか・・・そんなことを思いながらこの日は寝た。